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太陽はかく語りき 5
「でも、きっと桜は君のことを知っていたはずだよ。君という人間を知っていたから、たったひとりの奴隷に選んだんだ。いつどこで知ったのかは、俺にはわからないけどね」
「うーん、有名人でもなんでもない一般庶民の俺を知っていたとは思えないんですけど……。あっ! ひょっとしてあみだクジで決めたのかも」
超絶金持ちの雪生が中流家庭の鳴を前から知っていた、という可能性よりもそっちのほうが遥かにありそうだ。
「それはないよ」
やんわりと、しかし、きっぱりと否定する。
「桜が相馬君を気に入ってるのは確かだよ。じゃなかったら、同室になんてするはずがない」
「えっ、奴隷ってキングと一緒の部屋になる決まりなんじゃないですか?」
「そんな決まりはないよ。だいたい他のキングには奴隷が十人もいるのに、同室なんて無理があるでしょ」
言われてみれば確かにそうだ。強引にルームメイトにされてしまったので、てっきりそういう決まりなのだとばかり思っていた。
「相馬君は感じないの?」
「え?」
「桜に気に入られてるなっていう自覚、少しはあるんじゃない?」
まったくありません、と答えようとして、何度も何度もキスされたり挙げ句には股間を揉まれたりしたことを思い出してしまった。思わず耳が赤くなる。
いや、あれは雪生がキス魔なだけだ。股間についてはただの嫌がらせだろう。鳴を気に入っているからしたわけじゃない。
「どうして赤くなってるの? ひょっとして赤くなるようなことをされたの?」
太陽は面白そうな目で鳴の顔を見つめてきた。
「いや――」
鳴は首をぶんぶんぶんと横に振った。いや、待てよ。雪生がキス魔なことは鳴よりもつきあいの長い太陽だって知っているはずだ。
「一ノ瀬先輩、会長にキスされたことありますか?」
「――えーっと、俺はないよ。相馬君はあるんだ」
しまった。やらかした。
雪生の被害者友の会をこっそり結成できたら、と思って訊いたのに、墓穴を掘っただけだった。
ふたたび激しく首を振る。
「アリマセンヨー。ソンナノアルワケナイジャナイデスカー。アハハハハハ」
「なるほどね……。俺が思っている以上に桜は相馬君が気に入ってるみたいだね」
「いやいやいや、それはあの人がただキス魔なだけで――」
「桜がキス魔ねえ。初耳だな」
どうやら雪生はキングたちの前では猫を被っているらしい。
他の生徒会役員にキスしまくる会長なんて大問題になりかねないから当たり前かもしれない。桜だけじゃなく他の三人のキングもかなりの家柄なんだろうし。
「なにはともあれ、桜が相馬君を奴隷に選んだ理由がわかるといいね。理由がわかっても、桜の奴隷を続けてくれたら、俺は嬉しいけど」
「えっ、いや、それはちょっと」
「桜がいやなら俺の奴隷になる? 相馬君なら歓迎するよ」
「いや、それもちょっと」
所有格が誰だろうが奴隷などという悲愴な響きの存在でいたくない。
「ふられちゃったか」
太陽は特に気にした様子もなく笑って言った。
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