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桜舞う 3

「ちょっ、やめてよ! そういうの照れるから! 僕はただ相馬君って人が良さそうなのに大変そうだなって思って。ちょっとでも力になれたらって、それだけだから」  下手をしたら朝人まで周りからなにか言われるかもしれないのに。大人しそうに見えるけど実はたいした勇気の持ち主なのかもしれない。 「うん、でも、ほんとに嬉しかったから。ありがとう」  鳴がにっこりと微笑みかけると、朝人は照れくさそうに笑った。頬のあたりがうっすらと赤い。見た目の印象通り照れ屋さんなのかもしれない。 「えと、桜先輩が生徒会長になった経緯を聞きたかったんだよね」 「あ、うん。会長が会長になるまでは恐怖政治みたいな状況だった、っていうのは一ノ瀬先輩から聞いたんだけど。ひどかったらしいね、奴隷の扱いかたとか」  つい眉が寄ったのは太陽から聞いた話を思い出したからだ。 「前の生徒会長は夏休み前に失脚したんだけど、それまでは暴君のように振る舞ってたよ。恐怖政治の独裁者っていう表現がぴったりだった」  朝人はカップを受け皿にもどすと、小さく息を吐いた。 「桜先輩は受験組だけど、あっという間に全校生徒で知らない人のいない有名人になったんだ。高等部だけじゃなく、中等部でも桜先輩を知らない人はいなかったよ。あの見た目で、十四歳でアメリカのH大を卒業した天才で、おまけにSAKURAグループの御曹司なんだもん。噂にならないわけがないよね」 「今の会長が前の会長を辞めさせて会長になったの?」  会長会長とややこしいが、雪生以外の前で名前を呼び捨てするのはどうも気が引ける。いちおうは先輩だし。 「ううん、そうじゃないよ。球技大会と武道大会が終わったくらいのころから、前生徒会長よりも桜先輩のほうが会長にふさわしいんじゃないか、っていう声が誰からともなく上がるようになったんだ。桜先輩は球技大会はバスケ、武道大会は弓道で参加したけど、バスケは桜先輩のクラスが一年生なのに優勝したし、弓道も桜先輩の優勝だった。僕、こっそり抜けだして大会をのぞきにいったんだけど、もうむっちゃくちゃかっこよかったよ! バスケのときはチームメイトたちに指示を出しながらいちばん得点を決めて。弓をつがえる姿は凛々しくて、美しかったな……」  朝人は当時のことを思い出したのか、うっとりとした眼差しで溜息を吐いた。 「あ、話が逸れちゃった。前会長は暗にみんなから会長失格って言われたのが気に食わなかったんだろうね。奴隷と役員を使って桜先輩に制裁を加えることにしたらしいんだ。見事に返り討ちにあったわけだけど」 「へー、会長って強いんだ」 「噂じゃ空手か合気道を習っていたらしいよ。十人近い人数で襲ったのに、まるで歯が立たなかったみたい」  鳴の脳裏に意外なくらいしっかりと筋肉のついた身体が浮かび上がる。あの筋肉は伊達ではないらしい。  いくら腹が立っても手を出すのはやめておこう。心に固く誓う。

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