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甘い悪戯 1

「ああ、そうだ。鳴」  雪生はテーブルに置いてあった紙袋を鳴に差し出した。 「俺の祖父からだ。ルームメイトに渡してくれと頼まれた」 「雪生のおじいさんから俺に?」  黒い紙袋には金色の虎が描かれている。鳴はまじまじと紙袋を見つめると、喉仏をごくんと動かした。 「……雪生、まさかこれって虎屋のお菓子?」 「最中だと言っていた。いつも俺が世話になっている礼だそうだ。おまえに世話をかけられた覚えはあるが、その逆は一ミリだってないんだけどな」  雪生の憎まれ口は鳴の耳に届いていなかった。紙袋を両手で持ったままふるふると震える。  孫のルームメイトというだけで会ったこともない子供相手に銘菓をプレゼントしてくれるなんて。 「雪生のおじいさんっていい人だね……! 雪生も少しはおじいさんを見習って俺に優しくしなよ」 「なにを言っている。いつだってこの上なく優しくしてやってるだろ」 「へー、優しいの定義が俺と雪生じゃ360度違ってるみたいだね」 「360度なら一回転して同じだろ」  雪生のツッコミは氷の女王の息吹さながらに冷ややかだった。 「――えーと、なにはともあれいただきます。あ、その前にまずはお茶だな。緑茶がないのが残念だけど、まあ、紅茶でいいや。雪生も食べるよね?」 「俺はいい。紅茶だけ淹れてくれ」  鳴はいそいそと簡易キッチンへ向かった。  せっかくキッチンがあるのだ。紅茶だけじゃなく緑茶も常備しておこう。牛乳とインスタントコーヒーがあればカフェオレだって作れる。  飲み物だけじゃない。炊飯器があればごはんが炊ける。ごはんが炊けるということは夜食におにぎりが作れるということだ。  思い立ったが吉日。 (明日ちょうど日曜日だし、炊飯器とお米を買いにいこう)  鳴は紅茶を用意すると、さっそく包装を解いて箱を開けた。 「わー、美味しそう! へー、三種類もあるんだ。どれから食べようかな-」 「鳴――」  名前を呼ばれて隣に目をやると、雪生は物言いたげ顔つきで鳴を見ていた。 「どうかした? あ、やっぱり食べたくなったんでしょー。雪生のおじいさんからもらったものなんだから遠慮しなくていいのに」 「……いや、なんでもない。最中はほんとうにいらないからおまえがぜんぶ食べろ」  鳴から目を逸らしてティーカップを口許へ運ぶ。雪生らしからぬはっきりしない態度に首を傾げつつも、今は目の前の最中である。  いただきます、と唱えてからぱくりと囓る。 「……うーん、甘すぎない上品な味わいの粒あんですねー。ねっとりしているのに同時にさらっとしていて、職人の技が窺えます。最中の皮がまた香ばしい。和菓子の極み、ここにあり」 「おまえはグルメ番組のレポーターか」  雪生は声を立てて笑った。

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