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甘い悪戯 2
あっという間に最初の一個を平らげて、ふたつ目に手を伸ばす。
「次はどれにしようかな……。あ、こっちは梅の花の形なんだ。おっしゃれー。インスタ映えー」
鳴はにこにこしながら包み紙を破って最中を取り出すと、可愛らしい形の最中に噛みついた。
「…………ッ!」
鞭で打たれたかのようにソファーから立ち上がる。こっちは白餡なんだ、と思った瞬間、ツーンとした痛みが獰猛に鼻を通り抜けた。
上品な甘さの白餡に交じる筆舌に尽くし難い鋭い刺激。
間違いない。練り辛子だ。
鳴は食べかけの最中を放り投げて簡易キッチンへ駆け込んだ。コップに水道の水を汲んで一気に飲み干す。
「……………………し、死ぬかと思った」
練り辛子の塊をまともに食べてしまった。鳴は涙目でシンクの縁に両手をついた。
老舗の和菓子屋の最中になんだって辛子が入っていたのか。伝統を打ち破るための斬新すぎる試みだろうか。
「そんなわけあるか!」
鳴は自分で自分にツッコミを入れるとダッシュでソファーにもどった。
「雪生! どうしてあまーいはずの最中にからーい辛子が入ってるんだよ! 食べ物に悪戯すると罰が当たるぞ! 当たらなかったら神様に成りかわって俺が当ててやる!」
ソファーに悠然と座り、紅茶を優雅に飲んでいる雪生を、涙の拭いきれていない目でギッと睨みつける。
鳴は食べ物は粗末にするなと厳しく躾けられた。食べ物を粗末にするような真似はお天道さまが許しても、この相馬鳴が許さない。
雪生はちらりと鳴を見上げた。
「うちの祖父は悪戯好きなんだ。注意して食べたほうがいいぞ」
「いや、それ食べる前に言うべきでしょ! 悪戯に引っかかった後に言っても意味ないでしょ!」
「おまえがあんまり嬉しそうな顔をしてるから、水を差すのも悪いかと思ったんだ」
それで物言いたげな顔をしていたのか。
この尊大な少年は気の遣いどころが果てしなくおかしい。
「そこは水を差すところでしょ! バケツで水をぶっかける勢いで差すところでしょ!」
鳴は憤然と文句を言うと簡易キッチンに引き返した。大きなグラスに水をたっぷり注いでソファーへもどると、食べかけの最中を手に取る。
「鳴、おまえまさかそれを食べる気か?」
雪生はめずらしくびっくりした表情だった。鳴と鳴が手にしている最中を交互に見つめる。
「食べるよ。ああ、食べるとも。相馬鳴の辞書に『食べ物を粗末にする』という言葉は載っていないんだ」
鳴は覚悟を決めて最中にかぶりついた。
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