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甘い悪戯 3

「……死ぬかと思った」  鳴はぐったりとソファーにもたれかかった。練り辛子入り最中は無事に鳴の胃袋におさまった。  食い意地が張っていることで定評のある鳴だったが、今回は人生でもっとも厳しい戦いだった。最中一個を完食するのに二リットルほどの水を必要とした。  パチパチパチ、とやる気のない拍手が聞こえた。 「本気で食べきったな。馬鹿もそこまでいくと逆に尊敬する」  雪生は呆れと感心が半々に浮かんだ瞳で鳴を見つめている。鳴は顔つきを最大限に険悪にして雪生を睨みつけた。 「おじいさんに言っといてよ。虎屋の最中ありがとうございました。が、しかし、食べ物に悪戯するのはどうかと思います。食べ物は大切にしてください。大切にしやがれこのやろー、って」 「わかった。伝えておこう」  雪生はにこやかに微笑んでうなずいた。鳴はしばらくその顔を睨んでいたが、 「あ、そうだ。明日も奴隷はお休みでいいんだよね」  ちゃんと確認しておこうと思って雪生に訊ねた。 「休みじゃない、と言いたいところだけど、生憎と日曜は休みと規定で決まっている。用事でもあるのか?」 「ちょっと秋葉原にいこうと思って」 「秋葉原というと電化製品とオタクの街か。話には聞いたことがある」 「ひょっとして秋葉原にいったことないの? 雪生ってどこ出身?」 「生まれたのは東京だけど、八歳の時にアメリカに渡ったからな」  そういえばアメリカの大学を十四歳にして卒業したと言っていた。  子供のころから勉強勉強で生きてきたから常識や良識を学ぶ暇がなかったのかもしれない。祖父もかなりとんでもない人物のようだし、雪生の両親も似たような人なんだろう。  ここは奴隷としてご主人様に日本の常識を教育して差し上げなくては。 「秋葉原がどんな街なのか興味がある。鳴、おまえに案内させてやる」 「……あのさ、案内させてやるってなに? 人にものを頼む態度じゃないでしょ、それ。案内してください、って言えとまでは言わないけど、案内してくれないか、くらいは言えないの?」 「主人が奴隷に命令してなにが悪い」 「明日の俺は雪生の奴隷じゃないんだよ。奴隷はお休みなんだからね。つまり明日の雪生は俺にとってただのいっこ上の先輩ってだけの存在なの」  鼻先に指をつきつけてびしっと言うと、雪生はムッとしたらしく唇を曲げた。 「俺と出かけるのが嫌なのか?」 「そういうことを言ってるんじゃなくって」  鳴は雪生の顔をまじまじと見つめた。ひょっとしてこの人、誘いを断られたと思って拗ねてるんだろうか。  拗ねた顔は十七歳の少年相応だ。ほんのりと微笑ましい気持ちになる。

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