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萌えない少年 2
「可愛い仕草とか、かっこいい動作に胸が萌え萌えきゅーんってなることだよ。ほら、萌え袖とか壁ドンとか聞いたことない?」
「ない」
「即答か。えっと、萌え袖っていうのはこういうの」
鳴は着ているトレーナーの袖を引っ張って指先だけのぞかせた。
「……それが萌えなのか?」
雪生は意味がわからないという表情だ。
「俺がやってもあれだけど、だぶっとした上着を着た可愛い女の子がやるときゅーんってなるの。ほーら、想像してごらん」
「なるか? サイズの合った服を着ろとしか思わないな」
なんという萌えのわからない奴だろうか。鳴だって萌えにはあまり詳しいほうじゃないが、袖口から指をのぞかせている女子の可愛さくらいは理解できる。
「壁ドンっていうのはなんなんだ? 壁を叩くことか?」
「まあそうなんだけど、ちゃんとしたシチュエーションがあるんだよ。雪生、実演するから壁際に立ってみて」
雪生は怪訝そうな表情だったが、素直にソファーから立ち上がり壁際に歩いていった。頭が良いだけあって知的探求心は旺盛なようだ。
「立ったぞ」
「よし、じゃあいくよ」
鳴は精一杯キリッとした顔つきで雪生を見つめると、顔の横にバシッと手をついた。
沈黙が下りる。
「……で? これでおしまいか?」
「……はい」
「どのあたりに胸がきゅーんってなる要素があるんだ。俺はマヌケは真剣な顔をしてもマヌケ面なんだな、と思っただけだぞ」
「うるさいな! 人の最大限のキメ顔をマヌケ呼ばわりするな! これはふつーは男女でやるシチュエーションなの! イケメンにやられると女の子はきゅーんってなるの!」
「つまりおまえに再現は不可能ということだな」
この口の悪さどうしてくれよう。口を縫ってやれるものなら縫ってやりたい。
「まあ、だから、萌えっていうのはちょっとした仕種を可愛く思って、胸がきゅんきゅんすることだよ」
「なるほど。わかった」
雪生はあっさりうなずいた。ほんとうにわかったのかどうか実に疑わしいが、これ以上、萌えの実演をする気にもなれなかったので問いつめるのはやめておいた。
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