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夜食狂想曲 3
「じゃあ、今度このメンバーでメイド喫茶にいってみるか」
「えっ……!?」
とんでもないことを言い出したのは太陽だ。
なんというメイド喫茶に迷惑な発案だろうか。
キング四人がつれだってメイド喫茶にいこうものなら、肝心のメイドさんが霞んでしまいかねない。営業妨害で訴えられるかもしれないからやめて欲しい。
「はあ? 一ノ瀬、冗談はやめてくれない。僕はメイド喫茶なんて下品な場所にいきたくないよ」
遊理は吐き捨てるように言った。
「なんだ、残念だな。じゃ、俺と翼と桜、それに相馬君の四人でいこっか」
「なにを言ってるんだ。桜がそんなところにいくわけないじゃないか。桜はそんな低俗な場所にいっていいような人間じゃないんだ」
「や、メイド喫茶って下品でも低俗でもな――」
「奴隷のくせにキングの話に口を挟まないでくれる?」
世にも冷ややかな一瞥を食らってしまった。視線に温度があったらきっと一瞬で凍てついていた。
鳴はますます肩を小さくすると、皿の上に残っていたキャベツの千切りを箸でつまんだ。ちなみに今日のディナーはイベリコ豚のとんかつだった。
触らぬ神に祟りなし。ここは大人しくしていよう。
「メイド喫茶は萌えを味わう場所なんだろ。下品ということはないんじゃないか」
雪生は相も変わらず淡々とした口調だ。
「やめてよ! 桜の口からメイド喫茶とか萌えとか下卑た言葉を聞きたくない!」
遊理は悲痛な表情で叫ぶと、鳴をギッと睨みつけた。
「君だろ。桜に下賤の言葉を教えたのは」
「えっ、いや、あの、メイド喫茶を教えたのは俺ですけど、萌えは最初から知って――」
「だから僕は反対したんだ。奴隷をルームメイトにするなんて悪しき影響にしかならないって」
ダメだ。人の話をこれっぽっちも聞いていない。
「僕は桜にはいつまでも純真なままでいて欲しいんだ。下等生物の影響なんて受けて欲しくない」
下等生物というのはひょっとしなくても鳴のことなんだろう。えらい言われようだ。きっと遊理は鳴のことを同じ生命体だと思っていないに違いない。
(雪生とは違ったベクトルで口の悪い人だなー)
雪生も鳴のことはマヌケだの馬鹿だのとさんざんに言うが、蔑んだりはしない。ひどいことを言われたりされたりしてもなんとなく許してしまうのはそのせいだ。
(っていうか、雪生が純真て。アメリカでけっこう遊んでいたみたいなの知らないのかな)
下等生物相手にキスしたり股間を揉んだりしていることを知ったら、この美貌の少年は卒倒して倒れるかもしれない。ここはしっかりお口にチャックしておかなくては。
「如月、いま如月が悪し様に言っているのはこの俺が選んだ奴隷だ。相馬鳴を侮辱するのはこの俺を侮辱するのと同じことだと思ってくれ」
雪生はテーブルに手を置き、向かいの席に座っている遊理を揺るぎない眼差しで見つめた。
口調も視線も冷静だった。それでいて撓る鞭のような鋭さがあった。これ以上の侮辱は許さない。暗に告げる眼差し。
鳴は隣に座っている雪生をまじまじと見つめた。
心臓がきゅーんと仔犬の鳴き声めいた音を立てて締めつけられる。
(なに、このときめき)
少女マンガでありがちな、イケメンに庇われる地味ヒロインの気持ちがちょっとだけわかってしまった。
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