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夜食狂想曲 5

「するわけないでしょ。もしもしたくなったらの話で――」 「もしもの話でもやめてくれ! 桜が汚れる!」  遊理はたったいま犯罪を犯してきた凶悪犯罪者のような目で鳴を睨むと、テーブルを両の拳で叩いた。  雪生相手にどうこうという話を始めたのはそっちなのに。なんという理不尽。 「桜、やっぱりこいつは危険だよ。ねえ、ほんとうにこいつになにもされてないの? 弱味を握られて脅されてるんじゃないの?」  鳴のクラスメートたちも最初は同じことを言っていた。雪生を脅して奴隷に、更にはルームメイトにまでなったんじゃないのか、と。颯爽と登場した雪生のおかげで、誤解はあっさり解けたのだが。 「如月、俺に対してずいぶんな言い草だな」  雪生は冷然とした視線を遊理に送った。 「この俺が奴隷に弱味を握られるようなマヌケだと思うのか? 侮られたものだな」 「桜を侮って言ってるわけじゃ――」 「心のどこかで侮っているからそんな発言が出てくるんだ」  切って捨てるような口調だった。  遊理の美しく整った顔に狼狽が浮かぶ。 「違うよ、ほんとにそんな意味じゃない。桜の凄さはここの生徒なら誰だって知っている。僕はただ桜が心配なだけなんだ」 「俺の能力を信じているのなら、鳴のことも信じられるはずだ。この俺が選んだ奴隷なんだ。それを信じられないのなら、俺のことをしょせんはその程度と思っている証だ。それから、前にも言ったと思うけど、俺の奴隷をこいつ呼ばわりはやめてくれ。礼節を重んじる日本人にはふさわしくない呼びかただ」  どの口がそれを言うのか。自分だって鳴をこいつだのおまえだのバカだのアホだのマヌケだのとさんざんに言うくせに。  鳴は世にも冷ややかな目で隣に座っているご主人様を見つめた。が、雪生は素知らぬ顔だ。 「もう食べ終わったな。じゃあ、俺たちは先に部屋へもどる。如月、一ノ瀬、乙丸、また明日もよろしく頼む」 「ああ、こっちこそよろしく。おやすみ、桜、相馬君」 「……よろしく」  雪生は鳴の目つきを少しも気にかけることなく、鳴を促すと五階の部屋へもどっていった。 「如月先輩って雪生のことが大好きなんだね。ちょっとかなりだいぶ雪生のことを誤解してるみたいだけど」  部屋にふたりきりになると、鳴は残りの最中を齧りながら言った。最中を食べる前にふたつに割るのは忘れない。 「今さっき夕食を食べたばかりでよく入るな」  雪生は変態を見るような眼差しを向けてきた。 「甘い物は別腹って言うでしょ」 「女子か」  ソファーの上に足を伸ばして座る。その姿は無防備に寝そべる黒豹だ。

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