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夜食狂想曲 6
「如月先輩、雪生のことを清純な乙女みたいに思ってるんだね。アメリカで遊びまくってたこと教えてあげればいいのに」
女の子をとっかえひっかえしていたと知ったら、遊理の雪生熱も少しは冷めるだろう。
「人聞きの悪いことを言うな。三人の女性と誠実な交際をしていただけだ」
嘘吐け、と心で毒づく。三人どころじゃなかったのは明らかだ。言葉でツッコんだらすかさず反撃されるのはわかりきっている。ここはお口にチャックがお利口だ。
いつも通り風呂に入り、勉強を済ませてベッドに入る。
明日からはつらくて厳しい学習時間に夜食が出るのだ。そう思うとわくわくが止まらない。まあ、作るのは鳴自身なのだが。
(おにぎりってごはんを握って固めただけなのに、なんであんなに美味しいんだろ。パンやうどんは丸めたって美味しくならないのにふしぎだなー。あ、そうだ、おにぎりの具の材料も買わないと)
おにぎりを作るなら海苔と塩は必須だ。中身はなにがいいだろう。梅干し、シャケ、おかか、昆布のつくだに、明太子、ツナマヨ、いくら。それから、それから……。
その夜、鳴はおにぎりの山を登山する夢を見た。
午前十時半、鳴と雪生は秋葉原駅に到着した。
雪生は家の車を呼ぶと言ったが、鳴は電車でいくことを提案した。浮世離れしているご主人様に、一般庶民の感覚を少しは身につけてもらいたいと思ったのだ。
雪生は意外なほどあっさりと了承し、ふたりはJRで秋葉原に向かった。
(やっぱり車で送ってもらえばよかった……)
鳴は深く後悔していた。
目立つのだ。桜雪生という少年はとにかく目立つのだ。
着ているものはフードのついた黒いジャケットに、やはり黒いスリムなパンツというごく普通の出で立ちだ。値段は普通じゃないんだろうが、それはともかく。
雪生はまるで強力な磁場をもつ恒星だ。ただ歩いているだけで、ただ立っているだけで人々の視線を吸い寄せる。
雪生が目立つのはどうでもいい。が、しかし、その余波がこっちにくるのはどうでもよくない。
通りすがりの人々は、雪生に見惚れ、次になんでこんなのと一緒にいるんだ、と言いたげな視線を鳴に向けてくる。
地味に生きてきた鳴は人からじろじろ見られることに慣れていない。秋葉原に着いたころにはすでにぐったりしていた。
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