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夜食狂想曲 8
「じゃあ、割り勘で買うことにしようよ。お互い二万ずつ出し合って、四万円前後の炊飯器を買う。これならいいでしょ」
「俺はこの十二万の炊飯器がいい」
しかし、雪生は頑として譲らない。気に入ったらしい炊飯器の前に立ち、しつこく指を差し続けている。その姿は玩具を買ってとねだる駄々っ子に見えなくもない。
「四万の炊飯器でじゅうぶんだよ。夜食のごはんを炊くだけなんだから」
「この炊飯器は内釜が南部鉄器の極め羽釜と書いてある。極めということは現時点でこれより上はないということだ。それにプラチナの触媒作用で水が弱アルカリ性に変化し、お米の芯まで浸透しやすくする、とまで書いてある。四万の炊飯器にここまでの機能があるのか?」
「なんでいきなり炊飯器に熱くなってんの……。あ、炊飯器だけに?」
我ながらナイスボケだと思ったのに、返ってきたのは氷点下の眼差しだった。
「とにかく! うちはそんな高い炊飯器は買えないの。どうしても買いたいなら自分用に買いなよ。俺は俺用の炊飯器を買うから。それぞれマイ炊飯器を買うってことでいいよ、もう」
「頑固な奴だな」
雪生は呆れた様子だったが、鳴だって呆れている。
「いくらふたりで使うものだからって、何万もするものを買ってもらうわけにはいかないよ。俺は奢るのも奢ってもらうのも五百円までって決めてるの」
「……俺はこれがいいのに」
鳴が断固として譲らないと悟ったのか、雪生は少し拗ねた表情だ。ペットを撫でるように炊飯器の蓋を撫でている。少し可哀想な気もするが、ここで甘やかしては一般庶民の感覚は身につかない。
鳴は心を鬼にして雪生をスルーすると、炊飯器選びに取りかかった。
予算が倍になったおかげで選択の幅はぐんと広がった。鳴は選びに選び抜いて「備長炭で炊き上げたような旨さ」というキャッチコピーのものに決めた。が、まだここでは買わない。
「さ、次の店にいこっか」
「炊飯器は買わないのか?」
「他にもっと安い店があるかもしれないでしょ。何店舗か見てまわっていちばん安いところで買おうと思って」
「……庶民は炊飯器ひとつにここまで労力をかけるものなのか?」
雪生は感心したようにも呆れたようにも見える表情だ。
「数万の買い物は庶民にとって一大事なんだよ。ほら、次の店にいくよ」
鳴が先に立って歩き出すと雪生は素直に後をついてきた。
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