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夜食狂想曲 9

 鳴はあちこちの家電量販店を見てまわり、目当ての炊飯器を税込み三万五千円で購入した。最初の店では三万八千円だったから三千円も安く買えたことになる。  三千円も節約できた上に、これで今日から夜食が食べられる。  鳴は炊飯器の入った大きな紙袋を抱えながら、鼻歌交じりに歩いていく。 「よし! 当初の目的は達成したし、そろそろお昼ごはんにしよっか。雪生、なにか食べたいものある? せっかくの初秋葉原なんだから雪生の食べたいものでいいよ」 「特にない。旨いものならなんでもいい」  こちらに合わせているようでまったく合わせていないところが雪生らしい。 「秋葉原はカレーとかラーメンとか、あとケバブの店も多いんだけど……。雪生、そういうの食べられる? 庶民の店なんて入ったことないでしょ」 「馬鹿にするな。ついこの間、祖父と一緒にラーメン屋にいったばかりだ」  カウンターに座りラーメンを啜る雪生を想像してみる。……恐ろしいまでに似合わない。これほどまでにラーメンが似合わない少年がいるだろうか。否、いない。  ラーメンは食べたばかりらしいので、昼食はカレーにすることにした。  大衆的なカレーハウスも雪生に似合っているとは言いがたかったが、本人は気にする様子もなく優雅な仕種でカレーを食べていた。  オタクっぽいお兄さんからOL風のお姉さん、果ては店員の注目まで浴びまくっていたが、雪生は少しも動じなかった。人の視線を浴びすぎたために、視線に対して不感症になっているのかもしれない。 「雪生は他にいきたいところある?」  鳴は食後の水を飲みながら訊ねた。鳴の目的――炊飯器の購入と美味しい昼食は達成した。  この後どうするかは雪生次第だ。 「俺はアニメの店にいってみたい」 「アニメの店!? って、アニメグッズとかが売ってる店のこと? 雪生が?」  雪生に萌える女子は大勢いるだろうが、雪生がアニメのキャラに萌えているところは想像がつかない。 「よくわからないがアニメの店だ。今まで一度もいったことがないし、この先も恐らく訪れることはないと思うから、この機会にいってみたい」  どうやら頭の良い人間は己の知らないことがあるのが――それが例えアニメだろうが萌えの意味だろうが我慢ならないようだ。 「じゃ、じゃあ、ちょっと待って。いま調べてみるから」  スマートフォンを取り出して"アニメ" "秋葉原"で検索すると、アニメキッズの秋葉原店が引っかかった。アニメキッズはその手のことに詳しくない鳴でも知っているオタク御用達の店の名前だ。  アニメにもオタクにも偏見はないし、鳴だってディープなファンではないというだけでアニメやマンガは大好きだ。  が、しかし―― (この人とアニメグッズ専門店に入るとか……。なんだかもう世にも奇妙な物語レベルなんだけど)

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