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夜食狂想曲 10

「あ、ここみたいだよ」  目的の店は秋葉原駅から少し離れたところにあった。六階建てのビルが丸々アニメキッズになっているらしく、ビル全体が萌え萌えなオーラを放っている。  入り口には美少女やイケメンのポスターが所狭しと貼られまくり、店名を確かめなくてもひと目でアニメの店(雪生語)だとわかる。  雪生は物珍しげに店の入り口をながめると、ためらいのない足取りで中へ入っていった。慌てて後を追う。  雪生の姿に気づいた客たちは誰もがぎょっとした様子で振り返る。それはそうだ。美形のアニメキャラを具現化したような少年が、アニメの店に忽然と姿を現したのだ。寺院に仏陀が降臨するようなものだ。 「すごいな。並んでいるのはすべてマンガなのか。学術書や小説はいっさい置いていないのか?」 「学術書に萌える人間がいると思う? 小説は置いてると思うけど。といってもライトノベルくらいじゃないかな」  雪生は実に興味深そうに一階のフロアを見てまわると、二階へ続く階段へ足を向けた。  まさかすべての階を見てまわるつもりだろうか。炊飯器を抱えている腕がそろそろ怠くなってきたのに。  鳴の懸念は当たっていた。雪生は二階を見終わると三階へ、三階を見終わると四階へ上がっていった。 「よくできているな。日本人の職人気質を感じさせる」  雪生はガラスケースにずらりと並んだフィギュアを感心した表情でながめた。  フィギュアのほとんどは美少女で、際どい衣装やポーズのものも少なくない。  雪生は平然としているが、鳴はフィギュアを直視できなかった。 「なにを赤くなってるんだ。ただの人形だぞ。おまえは人形相手に興奮するのか? 変態だな」 「うるさいな。彼女いない歴イコール年齢を舐めるな」  鳴は赤い顔で雪生を睨んだが、雪生の興味はすでに次の対象に移っていた。 「鳴、これはなんだ」  雪生が不可解そうな顔つきで指差したのは、等身大の美少女キャラがプリントされた抱き枕だった。 「なにって、見ての通り抱き枕だよ」 「抱き枕? 枕にまでイラストをプリントする必要があるのか?」 「好きなキャラを抱きしめて寝てるような気分になれるから、でしょ」 「……虚しくならないのか?」  鳴は雪生の腕を引っ掴むと、慌ててその場から離れた。抱き枕を物色していたお兄さんがじろりと睨んできたからだ。 「ここであーゆーこと言わないの! 好きで買いにくる人たちのためのお店なんだから」 「確かに今のは無神経な発言だった。気をつけることにする」 「っていうか、そろそろ帰らない?」  しかし、雪生は鳴をさっくり無視して更に上の階へ上がっていった。

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