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夜食狂想曲 12

 鳴は知っている。  この世の中には男と男を妄想でくっつけて楽しむ女子が一定数いるということを。  なぜ知っているのかと言うと、中学三年のときに隣の席だった女子がいわゆる腐女子だったからだ。  彼女は見た目は至って普通なのに妄想力は普通じゃなかった。クラスの男子と男子を頭の中でくっつけたり、ライバルを登場させたり、別れさせてはまたくっつけたりと、少女マンガ顔負けのストーリーを仕立て上げて楽しんでいた。  最初のうち、鳴は「へー、世の中にはいろんな趣味があるんだなー」くらいにしか思っていなかった。  腐女子の餌食になるのはしょせんはイケメン。フツメンの俺には無関係な話だ。そう思っていたからだ。  が、しかし、鳴は知ってしまった。ボーイズラブには平凡受けだの不細工受けだのというジャンルがあるということを。  もっと言えば鉛筆と消しゴムだとかパンのヒーローだとか、そんなものでも彼女たちはラブラブなカップルに仕立て上げてしまうのだ。  恐るべしボーイズラブ。恐るべし腐女子。  鳴は雪生を引っ張ってこのフロアから立ち去ろうとした。が―― 「ちょっと待ってください。あなた、聞き捨てならないことをおっしゃいましたね」  突然、声をかけられて鳴はぎょっとした。  声をかけてきたのは長い髪を三つ編みに束ねた眼鏡の少女だった。膝丈のスカートに綺麗にアイロンのかけられた白いブラウス。委員長と呼びたくなる真面目一辺倒な外見をしている。  どうやら鳴たちの会話を立ち聞きしていたらしい。 「えーと、なんでしょう。俺たちちょっとかなり忙しいんだけど」 「ボーイズラブは女子の読み物で男子は読まない。そうおっしゃいましたがそれは偏見というものです。ボーイズラブを好んで読む男子も少なからず存在します」  委員長は人差し指で眼鏡をくいっと押し上げた。  なんだかややこしいことになってきた。 「ボーイズラブというのは男が読んでも面白いものなのか?」  雪生が訊ねると、委員長の頬がさあっと赤くなった。鳴が相手のときは顔色など微塵も変わらなかったのに。 「……ええ、もちろんです。良質な作品はボーイズラブに興味がない人でも面白く読める、と私は思っています。もちろん男と男の恋愛に嫌悪する人はいますから、無理強いするつもりはありませんが」 「ボーイズラブというのは男同士の恋愛の話なのか?」 「ええ、そうです。そちらの方はボーイズラブについてまったくご存知ないみたいですね。では、もう少し詳しく説明させていただきますね」 「えっ? いや、それは――」  鳴は雪生をちらりとながめた。  雪生には男に襲われかかった過去がある。男と男が、なんていう話はあまり聞かせたくない。 「あの、俺たちはもう帰らないと――」 「親切にありがとう。じゃあ、説明を頼む」  鳴の気遣いや腕の疲労など雪生には知ったことではないらしい。腕組みをして委員長の話をじっくり聞く体勢に入ってしまった。

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