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夜食狂想曲 14

「つ、疲れたーーーー!」  寮にもどった鳴はソファーに身を投げ出した。  炊飯器をずっと持っていたおかげで腕はへろへろだし、雪生のせいでメンタルもへろへろだ。  へろへろよれよれの鳴とは対照的に、雪生は疲れを知らないかのようにいつも通りだ。  鳴の向かいに優雅な動作で腰を下ろして、先ほど買ったばかりのボーイズラブ小説をさっそく読み始める。 「……あのさ、それ本気で読むつもり?」 「当たり前だろ。読むために買ったんだ」 「委員長の説明聞いたでしょ。それ、男と男がいちゃいちゃする話なんだよ? 読まないほうがいいって」 「委員長? ああ、さっきの子か。確かに委員長タイプだったな。今どきの女子にしてはめずらしいくらい言葉づかいも綺麗だった」  雪生の長くしなやかな指が頁をめくる。 「女性が書いた男同士のラブストーリーを女性が読む、というのが興味深い。複雑な心理だと思わないか? ゲイが書いてゲイが読むわけじゃないんだ」 「雪生は嫌じゃないの。男と男がどうこうとか。嫌なことを思い出しちゃったりしないの?」  鳴の問いかけの意味がわからなかったらしい。雪生は怪訝そうな眼差しを鳴に向けた。 「――ああ、亜和田の話か」 「亜和田?」 「俺の前に生徒会長を務めていた生徒だ。瀬尾あたりから聞いたのか」 「あ、うん、まあ。あのことがトラウマになってるんじゃないかなーって……」  こそこそ噂話をしていたことを怒るかなと思ったが、雪生の顔に浮かんだのは不敵な微笑だった。 「トラウマになんてなるわけがないだろ。あれはすべて俺が仕組んだことだ」 「は?」 「亜和田が俺を襲うように俺が仕向けたんだ。あいつを生徒会長から失脚させるために」  鳴はぽかんとして雪生を見つめた。 「失脚って」  雪生は読みかけの小説を閉じると、テーブル越しに鳴に向き合った。 「入学前に春夏冬の理事長から頼まれたんだよ。亜和田の奴隷に対する蛮行が目に余るから、どうにかして欲しいと」 「なにそれ。そんなの生徒じゃなくって先生たちがなんとかすることでしょ」 「それが難しいからあえて俺に頼んだんだ。下手に亜和田を処分すると、腹いせとして奴隷の親に報復するかもしれない。小さな会社をつぶすくらい、あいつの親なら容易だからな。いくら理事長でも、そこまで止め立てすることは不可能だ。だから、俺に白羽の矢が立ったというわけだ」  鳴は太陽から聞いた話を思い出した。 (訴えたらお祖父さんの工場を潰す。そう言われたら? 実際、生徒会長に選ばれる生徒の親はそれくらいの権力は持ってるんだよ)

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