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夜食狂想曲 17

「アレの意味がよくわからないが、要するに男と男の恋愛をテーマにしたマンガや小説だ。今まで一度も読んだことがなかったから、どんなものなのか興味が湧いたんだ」 「偏見を持たずにとりあえず知ろうとするのは桜らしいな」  太陽はおおらかに笑った。  鳴としてはなんでもかんでも興味を持つのはやめて欲しいのだが。いちいち説明を求められるこっちの身にもなってくれ、と声を大にして訴えたい。 「……桜、買った本のタイトルは?」  ぼそっと訊ねたのは雪生の正面に座っている遊理だ。 「ええと、『切なき棘』と『青くて脆い』と『嘘吐き悪魔の告白』の三冊だ」  雪生の答えを聞いて、遊理の目が陽光を浴びた湖のようにきらきらと輝き始める。 「さすがは桜だね。BL初心者とはとても思えない、素晴らしく素敵なチョイスだ。どの作品も良作だけど、特に『切なき棘』は素晴らしい作品だよ。BL界史上に残る名作と言っても過言じゃない。僕は『切なき棘』の作者の本はすべて読んでるんだ。もちろん販促用の小冊子もすべて集めてるし、作者が同人誌で発表した番外編もすべて入手済みだ」 「いや、俺が選んだわけじゃない。アニメの店で出会った子におすすめされたのを買っただけだ」 「『青くて脆い』にスピンオフ作品があるって知ってるかな? 主人公の友人の奏が主役になる話で――あ、今日買ったばかりなら知ってるはずがないか。『青くて脆い』が気に入ったのなら貸すから言ってよ。いや、貸すなんてケチくさい真似は僕らしくないな。新しいものを買ってプレゼントするよ。『青くて脆い』もいい作品だけど、僕はスピンオフのほうがもっと好きなんだ。高校生カップルの『青くて脆い』と違って、スピンオフは高校生と社会人のカップルで――あ、あんまり話すとネタバレになっちゃうね。いけないいけない、桜が読む時の楽しみを半減させちゃうところだった」  遊理は雪生の言葉などまともに耳に入っていないようだ。マシンガンのごとくしゃべり続ける。 (えっと、ひょっとして如月先輩っていわゆる腐男子って奴……?)  鳴は目を丸くして遊理を見つめた。太陽も鳴と同じく目を丸くして遊理を見つめている。  雪生だけがいつも通りの平静な表情だ。 「まさか桜がBLに興味を持つなんて。ああ、まるで夢を見ているみたいだ! 思いきって秋葉原にいかせた甲斐があったよ」 「如月はボーイズラブというジャンルが好きなのか。俺におすすめの本を紹介してくれた子もずいぶんと熱く語っていたが、一体どういうところがそんなにも面白いんだ? 男女や女同士の恋愛モノとなにがそこまで違うんだ?」  遊理は「これだからシロウトは」と言いたげな苦笑を浮かべた。 「男女がくっつくのは自然の摂理だ。繁殖しなかったら人類は滅びてしまうからね。いわば生命としての義務だ。でも男同士は違う。繁殖のためじゃない。純然たる恋がふたりを結びつけるんだ。結ばれるために必要とする情熱は男女の比じゃない。そこが男女の恋愛よりもドラマティックで切なくて面白い理由だよ。ああ、女同士はどうなのかって? 女なんて生き物は軟体動物だよ。クラゲやタコと一緒さ。クラゲとタコの恋物語なんて、僕は興味を抱けない」

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