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夜食狂想曲 19
「おまえも俺の許可なしに勝手な真似をするな」
雪生は冷たい眼差しを向けてきた。
「おにぎりくらいいいでしょ。ごはんを炊くのも、おにぎりを握るのも俺なんだから。そんなケチケチしなくたって」
「俺がダメだと言ったらダメだ。あの炊飯器で炊いたごはんは他の誰にも食べさせるつもりはない」
鳴のご主人様は頑固親父さながらに言い放った。炊飯器はふたりで割り勘して買ったのに。雪生の中では雪生ひとりのものになっているらしい。
鳴はちらりと太陽の顔をうかがったが、太陽は特に気にした様子もない。どことなく面白そうな顔つきで雪生をながめている。
「残念。相馬君の握ったおにぎり食べたかったんだけどなあ。桜のお許しが出ないんじゃしょうがないか」
「……ねえ、ひょっとして桜もおにぎりを食べるつもり? このげせ――彼が握ったおにぎりを?」
遊理は汚らわしい話を聞いてしまったと言わんばかりに眉を顰めた。シャツについた落ちにくい染みを見るような目つきで鳴を見つめる。
「ああ、学習の合間に炭水化物を摂取するのは理に適っているからな」
「おにぎりなら家の料理人に握らせて持ってきてもらえばいいじゃない。奴隷の握ったおにぎりなんて、僕は危険だと思うよ。あ、桜が彼を信頼しているのはわかってる。でも、この世の中には万が一ってことがあるじゃない。桜は次期SAKURAグループの跡取りなんだよ。慎重に慎重を重ねるくらいじゃないと」
昨夜あれだけ雪生から言われたのにまだ懲りていないらしい。
鳴が梅干しのかわりに毒を入れるとでも思っているんだろうか。あるいは小型爆弾でも仕込むとか?
「あのー、雪生に対する文句なら一晩かかっても言い切れないくらいありますけど、でも、殺したいとまでは思ってませんよ」
「雪生、ね」
遊理の瞳の温度がすうっと下がる。キングを呼び捨てにするなと言いたいんだろうが、呼び捨てにしないとキスされるんだからしょうがないじゃないか。
そんなことは口が裂けても言えないけど。
「俺に対する文句? 言いたいことがあるなら言ってみろ」
雪生が横から突っかかってきた。
「だから、一晩どころか三日三晩かかるんだってば。っていうか、俺に聞く前に胸に手を当てて考えてみてよ。心当たりがどさどさあるでしょ」
鳴のご主人様は素直に左胸へ手を当てた。しばらくの間――
「なにひとつ思い当たらないな」
しれっとした顔で確言した。
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