81 / 279

夜食狂想曲 21

「またさっきと同じミスをしているぞ。aparentlyじゃなくてapparentlyだ。どうやらおまえの頭には学習能力が備わっていないようだな。猿でも備わっているのになんて哀れな。後でノートに千回繰り返し書け。学習能力がないならつるつるの脳に無理矢理刻みつけるしかない」  夕食も風呂も滞りなく終わり、夜のお勉強タイムがやってきた。  鳴は雪生に嫌味や小言を言われながら、いつものようにノートやテキストを広げていた。 「千回!? 腕が死ぬって! ただでさえ炊飯器をずっと持っていたおかげで腕がよれよれなのに」 「たかが炊飯器で貧弱な奴だな」 「ずっと俺に持たせてた人に言われたくないよ!」  くだらない言い合いをしていると、どこからともなくほんのりと甘く芳ばしい香りが漂ってきた。  ごはんの炊ける匂いだ。  やがてピロリロリ〜という間の抜けたメロディーが響いた。 「今の音はなんだ」 「ごはんが炊き上がったのを知らせる音だよ」 「ずいぶん間の抜けた音だったな。どうやら持ち主に似たらしいな」 「ペットじゃないんだから似るわけないでしょ。だいたいあの炊飯器は割り勘で買ったんだから、雪生だって持ち主なんだけど」 「選んだのはおまえだから、マヌケはおまえの責任だ」  ほとんど小学生の会話である。  この人、ほんとに十四歳で大学を卒業した天才なのかな、と疑いながら簡易キッチンへ向かう。と、雪生までキッチンに入ってきた。 「雪生は座ってていいよ。ここ狭いし」 「おにぎりに興味がある。さっさと握れ」  スーパー金持ちの雪生にはおにぎりがめずらしいようだ。  おにぎりなんてコンビニでも購買でも売ってるんだから、興味があるなら買って食べてみればいいのに。  鳴は水道で手を洗うと、おにぎりの材料を準備した。  瓶に入った塩に焼き海苔。梅干しと瓶詰めのシャケフレーク。  炊飯器の蓋を開けると湯気がむわっと立ち昇った。  手のひらに塩をまぶして、炊き立てごはんをのせる。 「あちあちあち!」 「炊き立てなんだから熱いに決まってるだろ。少し冷ましてから握ったらどうだ」  鳴はわかってないなあという思いをこめて、雪生を見た。  「おにぎりは炊き立てあつあつのごはんで握らないと美味しくないんだよ」 「どうしてだ。食べるころにはどうせ冷めてるだろ」 「どうしてって……。どうしてもこうしても、そういうものなの。おにぎりの常識だよ、常識」  納得がいかないという顔つきの雪生は無視して、鳴はおにぎりを握った。

ともだちにシェアしよう!