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夜食狂想曲 22

 三角に握ったごはんに海苔をくるっと巻けば、おにぎりのできあがりだ。中身はスタンダードに梅干しにした。 「いっただっきまーす!」  立ったままパクっとかぶりつく。まず海苔がパリッと破れる感触があり、それからごはんの温かくて柔らかな食感にたどり着く。  ほんのりした甘み。かすかな塩の味。油断したところに襲ってくる鮮烈な酸っぱさ。  これぞおにぎりである。  いざ、二口目にいこうとしたところでおにぎりを取り上げられた。 「あっ! 俺のおにぎり!」  雪生は鳴の抗議をさらっとスルーして、おにぎりをひと口齧った。 「旨いな」  唇についたごはん粒を親指で拭いながら、しげしげとおにぎりを見つめる。 「お口に合ったのはいいけどさ! 人の食べかけを横取りしない! ちょーだいといただきますの言葉が足りてないよ!」  鳴は『桜雪生に常識を教えよう協会』会長としてびしっと厳しく言った。  叱られたのが気に食わなかったらしく、雪生はムッとした表情だ。 「いちいち口うるさい奴だな。縁さんにそっくりだ」 「縁さん?」 「俺のばあやだ。アメリカにいくまで俺の世話をしてくれていた。なんだその顔は」  今のご時世にばあやなるものが本当に存在するなんて。鳴にとってばあやとじいやはほとんどファンタジーだ。まあ、雪生という存在自体がある意味ファンタジーと言えばファンタジーなのだが。 「きっとそのばあやさんだって、今の所業を見たら怒ったはずだよ。いただきますとごちそうさまはごはんをいただく時の基本なんだから。それが言えない人にごはんをいただく権利はない、と言っても過言じゃないくらいだ」 「おまえは梅干しのおにぎりが好きなのか?」  ダメだ。人の話をさっぱり聞いていない。 「俺はおにぎりならなんでも好きだけど、いちばんはシャケかな。あ、やっぱり明太子かも。いや、焼きタラコも捨てがたいな……。ツナマヨも王道だし、いくらも美味しいし……」  優柔不断と誹られようとも、おにぎりのいちばんを決めるのは難しい。幼稚園の運動会みたいにみんなそろって一等賞だ。 「ひと口におにぎりと言っても色々あるんだな」  どうやら雪生はおにぎりに興味を持ったらしい。エロいフィギュアやボーイズラブに興味を持たれるよりも百倍、いや千倍マシだ。 「うん、コンビニとかほんとにいろんなおにぎりをおいてるよ。鶏五目とかチキンライスのおにぎりもあるし、半熟卵や唐揚げが入ってるのとか」 「唐揚げ? 唐揚げがおにぎりの具になってるのか? どうしてだ? 唐揚げならおにぎりのおかずとして食べればいいじゃないか。中に入れる必要があるとは思えない」 「おかずとして食べる唐揚げと、唐揚げ入りのおにぎりは別物なんだよ。雪生もいっぺん食べてみればわかるよ」 「じゃあ、明日のおにぎりは唐揚げのおにぎりにしてくれ」  作るのは鳴だと思って簡単に言ってくれる。  唐揚げを作るためにはまずフライヤーが必要だし、その他にもサラダ油や醤油やその他もろもろが必要だ。第一、鳴は唐揚げを作ったことなど一度だってない。

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