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夜食狂想曲 25

(相手は男なんだから。男、男、男――って、なんで自分に自分で言い聞かせてるんだよ!) 「して欲しいならして欲しいと素直に言え。主人としてそのくらいの願いなら叶えてやらないこともない」 「だから! して欲しいなんて思ってないって言ってるだろ!」  いくら怒鳴ったところで無駄だとわかっていても怒鳴らずにはいられない。  鳴は肩でぜーぜーと息をしながら雪生を睨んだ。雪生は涼しい顔で塩むすびの残りを食べている。  雪生らしからぬさっきの笑顔が目に焼きついて離れない。尊大極まりないこの少年にあんな顔をさせるなんて。おにぎりは偉大だ。 「子供のころ食べた塩むすびは誰が握ってくれたの? 桜家のシェフ? ばあやの縁さん?」  そんなに気に入っていたのなら何度でも握ってもらえばよかったのに。どうしてたった一度しか食べたことがないのか不思議だ。  雪生は指先についたごはん粒を唇で取った。  何気ない仕種が妙にエロく見えてしまい、鳴は慌てて目を逸した。 「忘れた」 「え?」 「誰が握ったのか忘れた、と言ったんだ」 「なーんだ、意外と物忘れが激しいんだね」  全校生徒の顔と名前を把握していると言っていたから、さぞさし記憶力がいいんだろうと思っていたのに。 「おまえにだけは言われたくない」  雪生は世にも冷ややかな視線を送ってきた。どことなく拗ねているように見えるのはどうしてだろう。 「なんでだよ。俺は特に記憶力がいいわけじゃないけど、特に悪くもないよ」  目立って優れたところもなければ劣っているところもない。それが鳴が平凡少年たる所以である。 「嘘を吐くな。鶏よりはまだマシくらいの記憶力のくせに。鶏は三歩歩くと忘れるらしいが、おまえは五歩歩くと忘れるんだろ。頭蓋骨に穴が空いていて、そこから記憶がぼろぼろこぼれ落ちていってるに決まってる」  どういうわけか雪生の中では鳴は相当なアホになっているらしい。頭脳明晰というわけでもないが、死に物狂いでがんばればこの学園に入学できるくらいの実力は持っているのに。  まあ、いっか。どう思われようがそれで実際の記憶力が下がるわけじゃないんだし。 「ほうじ茶を淹れるから、雪生はおにぎりの皿を机に運んで――」  言葉が途切れたのは、雪生が肩を掴んできたからだ。

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