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夜食狂想曲 27

「安心しろ。ただの嫌がらせだ」 「安心できる要素がどこにあるって!? だいたい嫌がらせされる覚えなんてないし!」 「安心しろ。おまえになくても俺にはある」  安心しろの使いかたがやっぱりおかしい。  だいたいなんだって嫌がらせをされなくちゃいけないんだ。雪生の望み通り塩むすびを作ったのに。アニメキッズにだってつきあったのに。  ひょっとして高級炊飯器を却下して庶民炊飯器を買ったから?  心当たりはそのくらいだ。 「あのさ、嫌がらせも罰もご褒美もキスで済ませるのやめてくれない?」 「じゃあ、嫌がらせと罰は乗馬用の鞭で尻を打つことに――」 「あ、キスでいいです」  言った途端、またキスされた。今度は唇が軽く触れるだけのキスだった。  少し物足りない―― (なんて思ってないから! 思うはずないから!) 「今のキスは――」 「敬語を使った罰だ」  雪生はさらっと答えると、おにぎりの皿を手に取った。 「くだらないことで時間をロスしてしまったな」 「……誰のせいだと思ってんの」 「鳥頭のおまえのせいだな。考えるまでもなく。これは机に運んでおいてやる。おまえは夜食の前にそれをどうにかしろ」  雪生の視線は鳴の股間に向いている。鳴は慌てて股間を両手で隠した。 「おまえの股間は無駄に意欲的だな。その意欲を少しは学習に回したらどうだ」 「無駄って言うな! 雪生のせいでこうなってるんでしょ!」 「なんだ、俺にどうにかして欲しいのか?」 「欲しくねーよっ!」  鳴が真っ赤な顔で怒鳴ると、雪生は悪戯が成功した子供みたいな顔で笑った。 「先にもどってるぞ。ああ、キッチンで処理するなよ。バスルームかトイレを使え」 「やかましいわ!」  ああ、もうほんとうに心底から腹が立つ。  偶に見せる笑顔が可愛いのが余計に腹立たしい。  雪生が出ていくと、鳴はその場にしゃがみこんだ。  疲れた。身も心もくたくたのぐだぐただ。特に心は疲労困憊だ。再起できる気がしない。  入学式からまだたったの一週間。  恐ろしいくらい密度の濃い一週間だった。一気に十歳くらい老けた気がする。玉手箱の煙を浴びた気分だ。  こんな調子で来年の春まで身も心ももつんだろうか。  答えはすぐに出た。  もつわけがない。      平凡君の非凡な日常 第一章 終

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