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美形と平凡 1(番外編)

 鳴は生徒会室の中にある事務室でコピーを取っていた。  この部屋にはオフィスにありそうなコピー機やFAX、予備のパソコンなどが雑多に置かれている。  鳴は鼻歌を歌いながら機械がコピー紙を吐き出すのをながめていた。コピーを取るのは奴隷の仕事の中でもっとも楽だと言っても過言じゃない。  このまま永遠にコピーを取り続けたい。どうにかしてすべてのコピーを任せてもらえないだろうか。『コピーは相馬鳴にお任せ!』とでかでかと書いた画用紙を首から吊しておこうか。 どうでもいいことを真剣に考えていると、ノックもなしに事務室のドアが開いた。  振り返ってぎくっとする。入ってきたのは鳴をシャツについた頑固な染みと勘違いしている先輩、如月遊理だった。  遊理は鳴を毛嫌いしている。シャツの染み、さもなくば害獣あるいは害虫といった扱いだ。  嫌われている理由はわかっている。平々凡々で秀でたところなどひとつもない鳴が、大大大好きな雪生の奴隷かつルームメイトなのが気に食わなくてたまらないらしい。  好きで奴隷になったわけでもなければルームメイトになったわけでもないのに。鳴にしてみれば逆恨みもいいところだ。  鳴は慌ててコピー機に向き直った。目と目が合ったらなにを言われるかわかったものじゃない。  触らぬ神に祟りなし。触らぬ遊理に嫌味なし、だ。  遊理がコピー機に近づいてくるのがわかった。ひょっとしてコピーを取りたいんだろうか。そんな雑務はいつもは奴隷に任せているのに。  遊理がすぐ背後で立ち止まったのがわかった。 「で?」 「は?」  鳴は思わず振り返った。 「で?」  遊理は忌々しげな表情で繰り返した。「で?」と言われてもなにが「で?」なのかわからない。 「で? ってなにがですか?」  しかたなく訊ねると鋭い舌打ちが返ってきた。苛立たしげな表情で鳴を睨みつけてくる。 (こ、怖い……。ってゆーか、俺なにかした!?) 「庶民のくせにとぼける気か? ……まあ、いい。写真だよ、写真」 「写真?」 「桜の写真だよ。ここまで言わないとわからないのか。愚鈍め」  いやいやいや、そっちの言葉が足りてないんでしょーが! と相手が雪生ならツッコんでいるところだが、遊理相手にツッコむ勇気は欠片もない。ツッコもうものなら視線で瞬殺される。 「会長の写真がどうかしたんですか?」  鳴としては至極当然な質問だったのに、またもや「チッ!」と舌打ちされてしまった。怖い。 「とぼける気か? ルームメイトなのを良いことに日々、桜を盗撮してるんだろ」 「いや、してません」 「嘘を吐くな。桜と同じ部屋で暮らしていながら盗撮しない奴なんて、この世の中にいるわけないんだ」  いるわけないんだ、と言われてもここに実在するんだからしかたがない。  遊理が雪生大好きっ子なのは知っているが、わけのわからない固定概念を押しつけるのはやめて欲しい。 「そんなこと言われても撮ってないものは撮ってませんよ」 「まあいい。で?」  またもや「で?」にもどってしまった。 「で? じゃわかりませんよ。訊きたいことがあるならはっきり訊いてください」 「……庶民の分際でこの僕に言葉責めをするつもりか? いい度胸だな」 「いや、してませんから」  ひょっとしてこの人ちょっとかなりだいぶアホなのかもしれない。

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