91 / 279

美形と平凡 4(番外編)

「は?」 「はああああああああ!? ちょっと一ノ瀬、気持ち悪いことを言わないでよ! 誰が誰を口説いて押し倒したって!? 僕は平凡受けが毛虫よりも大嫌いなんだよ!」  遊理は獣めいた俊敏さで立ち上がると、眉を険しく逆立てて太陽に詰め寄った。 「へーぼんうけ?」  太陽は首を傾げた。漢字に変換できなかったらしい。少し間の抜けた発音だった。  無理もない。ボーイズラブに興味がなければ知る必要のない言葉だ。鳴だって腐女子のクラスメートと出会わなかったら知らないままだったろう。 「平凡受けなんてこの世の害悪だよ。美形×平凡とかまったく意味がわからない」 「びけーかけるへーぼん?」  遊理は太陽の疑問を無視して言葉を続ける。 「美形に生まれついた人間があえて平凡な人間を選ぶ。どう考えたっておかしいだろう!? 前世での業を今世で贖うためだとでも言うつもりか? 美形は美形と結ばれるべきなんだ。それが正しいボーイズラ――」 「だったらどうしてあんな体勢になっていたんだ」  問いつめたのは雪生だ。氷点下を感じさせる眼差しを遊理に向ける。 「そ、それは――」 「如月が相馬君に襲いかかった図、にしか見えなかったなあ」  太陽は爽やかな笑顔でキング仲間を追いつめる。この状況を楽しんでいるようにしか聞こえない口振りだ。疑問に答えてもらえなかったからその腹いせかもしれない。  翼は、というと太陽の後ろに立ち、無言かつ無表情で事務室の様子をながめている。 「鳴」  ふいに名前を呼ばれた。鳴は尻もちをついた格好で雪生を見上げた。 「如月になにをされた。正直に言え」 「相馬君、事実を説明してやってよ。僕が君を襲うなんて、そんなおぞましい真似をしたんじゃないって」  遊理は鳴に救いの手を求めてきた。事実もかなり問題があると思うけど、本人がああ言っているし、と思いながら口を開く。 「スマホを見せろって言われて、断ったら揉み合いになってふたりで転んじゃっただけだよ」 「如月がおまえのスマホを? どうしてだ」 「なんか雪生のヌー――」 「おい!」  遊理は慌てて駆け寄ると、鳴の口を乱暴に塞いだ。 「貴様は馬鹿か!? そんなことまで話さなくていいんだ!」  事実を説明しろと言われたから素直に従っただけなのに。  このままだとまともに息ができない。鳴はどうにかして遊理の手を外そうと抗ったが、遊理の指は鳴の頬にがっちりと食いこんでいる。はっきり言って痛い。  もがもがと足掻いていると、近づいてきた雪生が遊理の手をべりっと剥がした。 「如月、俺の奴隷に勝手に触らないでくれ」  雪生の声は氷の矢のように鋭く冷ややかだった。遊理はたじろいだが、すぐに反論した。 「触りたくて触ったわけじゃないよ。このバ――彼がとんでもないことを口走ろうとしたから止めただけで」 「俺の『ぬ』がなんだって?」 「え、えっと、そんなこと言ったかな? 桜の聞き間違いじゃない?」 「鳴、さっきなんて言いかけたんだ」 「えーっと」 「おい、絶対に言うなよ!」 「言え」 「言うな!」  鳴としては言っても言わなくてもどちらでもかまわない。というか、どちらを選ぶにせよろくな結果にならないのは目に見えている。  言えば遊理の報復が恐ろしいし、言わなかったら雪生は激しくご機嫌斜めになるだろう。 (……さっさと奴隷に選ばれた理由を解明して、こんな環境から脱け出したい) 「言え」 「言うな!」  延々と繰り返すふたりのキングを見上げながら、鳴は心底から思ったのだった。 ***番外編 終わり***

ともだちにシェアしよう!