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美形と平凡 4(番外編)
「は?」
「はああああああああ!? ちょっと一ノ瀬、気持ち悪いことを言わないでよ! 誰が誰を口説いて押し倒したって!? 僕は平凡受けが毛虫よりも大嫌いなんだよ!」
遊理は獣めいた俊敏さで立ち上がると、眉を険しく逆立てて太陽に詰め寄った。
「へーぼんうけ?」
太陽は首を傾げた。漢字に変換できなかったらしい。少し間の抜けた発音だった。
無理もない。ボーイズラブに興味がなければ知る必要のない言葉だ。鳴だって腐女子のクラスメートと出会わなかったら知らないままだったろう。
「平凡受けなんてこの世の害悪だよ。美形×平凡とかまったく意味がわからない」
「びけーかけるへーぼん?」
遊理は太陽の疑問を無視して言葉を続ける。
「美形に生まれついた人間があえて平凡な人間を選ぶ。どう考えたっておかしいだろう!? 前世での業を今世で贖うためだとでも言うつもりか? 美形は美形と結ばれるべきなんだ。それが正しいボーイズラ――」
「だったらどうしてあんな体勢になっていたんだ」
問いつめたのは雪生だ。氷点下を感じさせる眼差しを遊理に向ける。
「そ、それは――」
「如月が相馬君に襲いかかった図、にしか見えなかったなあ」
太陽は爽やかな笑顔でキング仲間を追いつめる。この状況を楽しんでいるようにしか聞こえない口振りだ。疑問に答えてもらえなかったからその腹いせかもしれない。
翼は、というと太陽の後ろに立ち、無言かつ無表情で事務室の様子をながめている。
「鳴」
ふいに名前を呼ばれた。鳴は尻もちをついた格好で雪生を見上げた。
「如月になにをされた。正直に言え」
「相馬君、事実を説明してやってよ。僕が君を襲うなんて、そんなおぞましい真似をしたんじゃないって」
遊理は鳴に救いの手を求めてきた。事実もかなり問題があると思うけど、本人がああ言っているし、と思いながら口を開く。
「スマホを見せろって言われて、断ったら揉み合いになってふたりで転んじゃっただけだよ」
「如月がおまえのスマホを? どうしてだ」
「なんか雪生のヌー――」
「おい!」
遊理は慌てて駆け寄ると、鳴の口を乱暴に塞いだ。
「貴様は馬鹿か!? そんなことまで話さなくていいんだ!」
事実を説明しろと言われたから素直に従っただけなのに。
このままだとまともに息ができない。鳴はどうにかして遊理の手を外そうと抗ったが、遊理の指は鳴の頬にがっちりと食いこんでいる。はっきり言って痛い。
もがもがと足掻いていると、近づいてきた雪生が遊理の手をべりっと剥がした。
「如月、俺の奴隷に勝手に触らないでくれ」
雪生の声は氷の矢のように鋭く冷ややかだった。遊理はたじろいだが、すぐに反論した。
「触りたくて触ったわけじゃないよ。このバ――彼がとんでもないことを口走ろうとしたから止めただけで」
「俺の『ぬ』がなんだって?」
「え、えっと、そんなこと言ったかな? 桜の聞き間違いじゃない?」
「鳴、さっきなんて言いかけたんだ」
「えーっと」
「おい、絶対に言うなよ!」
「言え」
「言うな!」
鳴としては言っても言わなくてもどちらでもかまわない。というか、どちらを選ぶにせよろくな結果にならないのは目に見えている。
言えば遊理の報復が恐ろしいし、言わなかったら雪生は激しくご機嫌斜めになるだろう。
(……さっさと奴隷に選ばれた理由を解明して、こんな環境から脱け出したい)
「言え」
「言うな!」
延々と繰り返すふたりのキングを見上げながら、鳴は心底から思ったのだった。
***番外編 終わり***
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