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ファーストキスは甘くない 3
「そんなわけないでしょ。泣いていたからそれを止めようと思ってキスしたんだから」
「ほんとうにそうか? 相手が誰なのかも覚えていないんだろ。それなのに記憶を改竄していないと言い切れるのか? キスして泣かれたという惨めな記憶を、泣いていたからなぐさめようとしてキスした、と無意識に歪曲したんじゃないのか?」
「そ、それは――」
絶対に違うと言い切れなかった。だって、相手の名前すら覚えていない上に今日の今日まですっかり忘れていたのだ。
「婦女暴行罪だな」
鳴がなにも言えないでいると、雪生は冷徹に言い放った。
「ふ、ふじょ――って、子供のころの話だし! だいたいキスしただけだし!」
「キスだけ? 相手はまだなにも知らない幼い少女だったんだろ。キスだけでも大罪だ」
「それ雪生が言う!? 俺が犯罪者なら雪生だって犯罪者だよ! 断りもなく俺にさんざんキスしたのを忘れたとは言わせないからね!」
「犯罪というのは法を犯すから犯罪なんだ。おまえの唇に法的に守られるだけの価値があるとでも?」
鳴はうっと言葉につまった。ひどい言い草だったが、己の唇にそれだけの価値があるかと問われたら否と答えざるを得ない。
せっかくファーストキスの相手は女の子だったと思い出せたのに。上がりっぱなしだったテンションは、あっという間に地中深くまで下がってしまった。
「相馬君、なにかあったの? 元気がないみたいだけど」
ぼんやりと席に座っていると、鳴より少し遅れて教室に入ってきた朝人が話しかけてきた。
「あ、瀬尾君。おはよう」
「おはよう」
朝人は眼鏡の奥から微笑みかけてきた。
この眼鏡の少年は、この学園でたったひとりの友人だ。他のクラスメートたちはと言うと、鳴に取り入って雪生に近づこうとする生徒が八割、受験組の分際で奴隷に選ばれた鳴を敵視しているのが二割、といったところだ。
今のところ友情を育めそうな相手は朝人しか見つかっていない。
中学生だったころはよかったな、としみじみ思う。みんなでボーリング大会をしたりピクニックにいったり、クラス全体が仲良しだった。
「……俺、ひょっとしたら犯罪者かもしれないんだ」
朝人は鳴の唐突な告白に目を丸くした。
「犯罪者って。な、なにかしたの?」
「今朝のことなんだけど、昔の夢を見て――」
鳴は夢の内容と雪生に言われた科白を話して聞かせた。
「そっか、それで犯罪者。でも、相馬君にキスされて泣いたって決まったわけじゃないんでしょ」
「でも、考えてみたら泣いたからってキスするのもアウトだよね……。やっぱりその子に謝るべきかな」
「うーん、そんな昔のことで謝られても困っちゃうかもしれないよ。相手の子も忘れてるかもしれないし。それに相手が誰なのかわからないんでしょ?」
そうなのだ。あれから思い出そうと頑張ってみたのだが、泣いていた顔とキスしたことしか思い出せなかった。
「幼稚園か小学校一、二年のときの友達なのかな、って思うんだけど……。覚えてる女の子の友達の中にはあんな顔した子はいないんだよね……」
「相馬君のお母さんは? 子供の親しかった友達なら覚えてるかも」
鳴は朝人の言葉にハッとした。
朝人の言う通り、母なら鳴の子供のころの友人を覚えているかもしれない。
鳴は朝人に礼を言うと、さっそくメッセージアプリで母親に訊いてみることにした。
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