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朝顔少年 2

 奴隷に選ばれし鳴を観察すれば、奴隷に選ばれる極意を習得できるはず。  どうやら宮村はそう考えたようだ。 「いや、あの、俺を観察したからって奴隷に選ばれるとは限りませんよ。それに奴隷になんて選ばれないほうがいいと思いますけど……」 「奴隷に選ばれないほうがいい? ……なるほど、そういった常人にはない感性が会長を惹きつけたのかもしれないな」  常人にはない感性は奴隷になりたがるそっちのほうだ、と鳴は言いたかった。ほとんど初対面に近い上級生が相手なのでぐっと言葉を呑みこむ。 「君は会長を笑わせられる、と会長は言っていた。きっとギャグのセンスに秀でているんだろうね。僕は君を観察することでギャグのセンスを磨きたいんだ」 「いや、たいして面白いことは言えませんけど……」  平々凡々な鳴はギャグのセンスも平々凡々だ。うけるときもあれば盛大に外して切ない思いを噛みしめることだってある。どっちかというと後者のほうが多い。あまり期待されるとつらい。 「でも、会長は君のギャグで笑うんだろ?」 「ギャグなんて言ってないのに勝手にあの人が笑うだけです。俺のギャグセンスが優れてるんじゃなくって、生徒会長のお笑い感覚がちょっとおかしいんですよ」 「会長が声を上げて笑う姿……見てみたいな……」  宮村は鳴の科白をまるっと無視して遠い眼差しで呟いた。 「そんなに見たいならくすぐってみるとか」 「そんな真似をしたら殺される」  宮村は真顔だった。大袈裟なと思ったが、あれだけ崇拝している人をくすぐったりはできないだろうな、とも思った。  始業五分前のベルが鳴ると、宮村は席から立ち上がった。 「じゃあ、僕は教室へもどるよ。またときどき観察させてもらいにくるから、そのときはよろしく」  まったくもってよろしくしたくなかったが、先輩相手に楯突く度胸は持っていない。  鳴は力のない表情で宮村の背中を見送った。 「……なんだか大変そうだね」  朝人は同情を含んだ声で話しかけてきた。 「俺を観察したからってギャグセンスなんて磨かれないのに……」  鳴を観察したところで時間とエネルギーが無駄になるだけだ。どうすればそれを宮村にわかってもらえるのか。 「宮村先輩、どうしてもまた奴隷になりたいんだろうね。奴隷の中でも特に会長を崇拝していた人だったから。会長も宮村先輩を信頼していたみたいだったし」 「それなのにどうして宮村先輩を奴隷に選ばなかったのかな」  選んでいてくれれば朝顔のように観察されずに済んだのに。改めて雪生が恨めしくなる。 「それ以上に相馬君を信頼している、っていうことじゃないかな」 「それはない」  鳴はこの上なくきっぱりと言った。  雪生にはさんざん馬鹿だのアホだのマヌケだのと腐されている。信頼している人間に対する態度じゃない。  それに鳴の能力はどれを取っても平均値だ。激しく劣っている面はないが、特に優れている面もない。客観的にも主観的にも優秀さなら宮村のほうが遥かに上だ。  鳴を選ぶ理由はどこにもない。  いや、雪生にはあるのだ。鳴を奴隷に選んだ理由が。それがわかれば奴隷から解放されるのに。  今のところそれらしき理由はひとつも思い当たらなかった。

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