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朝顔少年 3
「あの、ちょっと訊きたいんだけど」
夕食が終わり、風呂も済ませ、あとは予習復習をして寝るだけという時間。
鳴は隣の椅子に座っている雪生におずおずと話しかけた。雪生はノートから目を上げると、鳴に視線を向けた。
ふたりはアンティークな書き物机にならんで座り、鳴は雪生に言われた問題を解き、雪生はその解答をチェックしていた。
「ゴールデンウィークは奴隷もお休みなんだよね……?」
あと一週間もすればゴールデンウィークが始まる。今年のゴールデンウィークはまず三連休があって、二日間の平日をはさみ、ふたたび四連休が始まる。
鳴はどちらかの連休は埼玉の実家に帰るつもりだった。が、奴隷を休めないのなら実家に帰るわけにもいかない。勝手に帰ったら雪生になにをされるか。考えただけで胃に穴が空きそうだ。
雪生は感情の読めない眼差しで鳴を見つめている。
「まさか休みたいのか?」
「まさかって。なにその意外そうな言いかた。ゴールデンウィークは休みたいのが普通でしょ。家にも帰りたいしさ。雪生はどうするの? ずっと寮にいるわけでもないでしょ」
「ゴールデンウィークは誘われているパーティーに出席したり、クラシックのコンサートやオペラを観劇したり、予定がつまっている」
SAKURAのご子息は休日も多忙なようだ。庶民の鳴にはわからないおつきあいが色々とあるんだろう。
日々、生徒会役員として忙しくしているんだから、偶の連休くらいのんびり過ごせばいいのに、と思ったが口には出さない。
「じゃあ、俺が寮に残っていてもしょうがないよね」
「俺は夜までには寮にもどってくる。寮に残っていてもしかたがない、ということはない」
ひょっとしてご主人様が寮に帰ってくるんだから、奴隷のおまえも寮にいろ、ということだろうか。
よっぽど鳴をこきつかいたいのか、それとも実は淋しがり屋なのか。他のキングたちはひとり部屋なのに雪生だけルームメイトがいるところからして、後者が正解だったりするのかもしれない。
が、しかし、ここは鳴も譲れない。
「えーっと、ちょっと久しぶりに実家に帰ったりしたいんだけど。土、日は奴隷も休みなんだから、祝日だって休みのはずだよね?」
「まだ入学したばかりなのにもう実家に帰るのか? あと三ヶ月もすれば夏休みなんだ。それまで待てないのか?」
雪生の表情が拗ねているときのものに変わりつつある。よっぽど鳴を実家に帰したくないらしい。
鳴がいなくたって、雪生の傍にいたい人間なんて掃いて捨てるほどいるだろうに。
(この人、ちょっとは俺のこと気に入ってるのかな。日ごろの態度からはとてもそうは思えないんだけど)
今日のご主人様はちょっと面倒くさいけどちょっと可愛いかもしれない。
「あっ、そうだ! だったら雪生も俺の家にくればいいんじゃない?」
「おまえの家に?」
思いがけない申し出だったらしく、雪生はめずらしく驚いた表情になった。
「俺の実家は埼玉なんだけど東京駅まで一時間もかからないし、昼はパーティーに出たりして、夜になったらうちに帰ってくればいいよ。そうすれば前に約束した唐揚げのおにぎりも作ってあげれるし、雪生も淋しい思いをしなくて済むでしょ」
「……誰が淋しいって?」
「誰って雪生でしょ。意地を張らずに素直に淋しいって言い――って、きゃーっ!」
あられもない声で叫んだのは、雪生がパジャマに手を突っこんで腹を揉んできたからだ。
「だらしのない腹をしていながら生意気だ」
「お腹はかんけーないでしょ! っていうか、だらしなくないし!」
股間を揉まれるよりはマシだが、執拗に腹をふにふに揉まれるのもそれはそれで屈辱的なものがある。
「わかった。じゃあ、ゴールデンウィークはおまえの家に寄らせてもらう。おまえのご両親がよければ、だが」
雪生は腹をたっぷり五分間は揉んでから、そう言った。
鳴は揉まれまくった腹を撫でた。なんだかつきたての餅のように柔らかくなったような気がする。引っ張ったらぷつんと千切れるんじゃないだろうか。
「うちの親なら大丈夫だよ。お客さんが遊びにくるの大歓迎だから」
鳴はそう言いながら、腹の肉と頬の肉どちらが千切れるのが先だろうか、と考えていた。
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