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朝顔少年 5
宮村はその日のニ時限目の休み時間に姿を見せた。手にハンディカメラを携えて。
「やあ、相馬君。今日からしっかり観察させてもらうね。よろしく」
にこやかな笑顔で鳴にカメラを向けてくる。
「……あのそれなんですか」
予想はついたが訊かずにはいられない。
「ああ、これ? 相馬君の言動をこれに収めて、君のギャグセンスを研究しようと思って。カメラは気にしないでいつも通りに振る舞ってよ」
無茶ぶりである。
すぐ傍でカメラを構えられていては、どうしたって意識してしまう。
「あ、そこの君。相馬君の前の席の君、そう君だよ」
宮村に声をかけられた朝人は、傍目にもわかるくらいビクッと肩を揺らした。
「な、なんですか?」
「ちょっと協力してくれないかな? 相馬君の話し相手になって欲しいんだ。相馬君、彼にいつもの抱腹絶倒なギャグを放ってあげて。腹を抱えて転げまわるようなギャグを」
「いや、あの、そんな無茶ぶりにもほどってものが……。そんな要求されたら、プロのお笑い芸人だって泣きながら裸足で逃げ出しますよ」
「いつも通りでいいんだよ。会長を相手にしているときみたいに喋ってくれれば」
鳴は途方に暮れた思いで朝人を見つめた。朝人も同じく途方に暮れた表情だ。
「……あの、今日はいい天気ですね」
しかたないのでいつも通り――というわけにはいかなかったが口を開く。
「えっ!? あ、は、はい」
「調子はどうですか?」
「え、えっと、普通、です」
「そうですか。僕も普通です」
「あ、そうなんですね」
「はい、そうなんです」
「…………」
「…………」
言葉が途切れた。
カメラを向けられている上に「抱腹絶倒のギャグ」なんていう無理難題を課せられて、いつも通りに振る舞えるはずがない。だいたいいつも通りに振る舞ったところで、朝人をのたうちまわらせる自信なんて欠片もない。
「……えーっと、今の会話のどこにギャグがあったのかな? 申し訳ないけど、相馬君のギャグは高度すぎて、凡人の僕には理解が難しいみたいだ」
宮村はカメラを下げると、申し訳なさそうな顔で謝った。
ギャグを理解できないことよりも、とんでもない無茶ぶりをしたことを謝って欲しい。そもそもギャグなんて言ってないんだから理解できるはずがない。
宮村は三時限目の休み時間にも姿を見せた。やはりカメラを携え、やはり鳴のギャグを理解できずに悄然として帰っていった。
「雪生、お願いだから今からでも宮村先輩を奴隷に選んであげてよ」
昼休み、教室まで鳴を迎えにきた雪生と並んで歩きながら、ダメもとで頼んでみた。
「今シーズンの奴隷はおまえひとりと決めている。変えるつもりはない」
雪生は凛然とした横顔を見せて廊下を歩いていく。すれ違う生徒たちの視線を一身に集めているが、雪生は誰の視線も一顧だにしない。いちいち振り返っていたら首を傷めかねないからしかたないのかもしれない。
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