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朝顔少年 6

「いきなりどうしたんだ。宮村から頼まれでもしたのか」  歩きながら鳴に視線を向けてくる。 「宮村先輩はそんなこと頼んでないよ。俺のギャグセンスを習得するために俺をカメラで撮影しただけで。雪生がこいつは俺を笑わせられる、とか言ったせいだよ。どうしてくれるんだよ。貴重な休み時間がとてつもなく落ち着かないんだけど!?」  鳴は雪生をギッと睨みつけたが、雪生はいつも通りの涼しい顔だ。 「マヌケ面を撮られたところでマヌケが減るわけでもないだろう。いくらでも撮らせてやれ」 「……雪生ってつくづくしみじみとことん失礼な人だね。宮村先輩はそんな雪生の奴隷になりたいって言ってるんだよ。世界でも五本の指に入るくらい奇特な人だよ。その気持ち、少しは汲んであげなよ。俺よりもずっと優秀な奴隷だったんでしょ? マヌケな俺より宮村先輩を奴隷にすればいいじゃない」  後半の科白は嫌味をたっぷりこめてやった。 「無能な奴隷たったひとりだけで生徒会長の業務をこなせると証明してみせる。それが俺が俺に与えた課題だ。優秀な生徒を選ぶわけにはいかない」 「……え、ひょっとしてそれが俺を奴隷に選んだ理由?」  人のことをマヌケだマヌケだと言っておきながら、鳴を奴隷に選んだ理由をうっかり口にするとは。 (マヌケは雪生のほうじゃないか! ばーか! ばーか!)  鳴は心の中で雪生を指差して笑った。無能呼ばわりされたことはこの際どうでもいい。奴隷から解放されるのならささいな問題だ。 「今のは無能な奴隷を選んだ理由だ。数多いる無能の中からおまえを選んだ理由は他にちゃんとある。俺が口を滑らせたと思ったのか? 生憎と俺はおまえと違ってマヌケじゃないんだ。残念だったな、相馬マヌケ」  意地の悪い微笑を浮かべてつけつけと毒を吐く。  鳴はぐぬぬと唸った。なんという憎たらしいご主人様だろうか。どうにかしてぎゃふんと言わせてやりたい。そのためなら悪魔に魂を売ってもいい。  雪生は鳴の険悪な視線を無視して階段を上っていく。 「そういえばおまえの婦女暴行疑惑はどうなったんだ」 「ふじょ――って、ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでくれる!?」  鳴は慌ててあたりを見まわした。幸いなことにすでにここは生徒会室のあるフロアだった。ふたりの他に生徒の姿はない。 「婦女暴行じゃないなら痴漢容疑だな」 「どっちも等しく人聞き悪いんだけど!? 婦女暴行でも痴漢でもないから! あれからしっかり思い出してみたんだけど、キスしたから泣かれたんじゃなくって泣いたからキスしたんだよ、やっぱり。あの子に泣かれてものすごーく焦ってキスしたの、はっきり思い出したんだ」 「名前も思い出せないのにか?」  雪生の言葉には刺があった。それもアイスピックのような太くて鋭い棘が。 「名前はしょうがないでしょ。まだ幼稚園か小学校一、二年のときの話なんだから。俺、たぶんその子のことが好きだったんだよ。ひょっとしたら初恋だったのかも。じゃなきゃ、いくら目の前で泣かれたってキスなんかするはずないし」  鳴は足を止めた。雪生がついてきていないことに気づいたからだ。

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