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第7話
僕はドキリとした。
紫音くんはどうして、いつも言い当てることができるのだろうか。
僕は紫音くんに嘘をついても、すぐに見破られる。
「もも、俺に嘘はつけないよ」
紫音くんは僕に近づき、腕をぎゅっと掴んだ。
「…っ痛」
きつく掴まれた右腕に痛みが走った。
紫音くんは手を緩めた。
「もも…ごめん。怒ってるわけじゃないんだ。ただ、ももが俺に嘘をつこうとしてるから」
「…ごめんなさい…確かに皆とエッチしたけど、楽しんでたわけじゃないよ。紫音くんに会いに行ったら、皆に会って、そのまま襲われちゃったから…」
紫音くんは僕を抱き締めた。ハーブのような、スッキリとした香りが鼻を掠めた。
「もも、涼に告白された?」
「……何で、知ってるの?」
「涼がね、今日先生と会うのは最後だから、大好きなももちゃん先生に告白するんだって言ってたから」
そんなこと言ってたんだ…。
きっと甘酸っぱい告白になるはずだったのに、あんな形で告白するなんて涼くんは思わなかっただろうなと思った。
「涼はももが大好きだったよ。俺は涼の親友だったから、いつも聞いてた。でも、ももはきっと受け入れないこともわかってたよ」
紫音くんは僕の体から離れた。
「だって、ももには500万円の借金があって、俺がそのお金を肩代わりしたんだもんね」
紫音くんはにっこりと笑っていた。
そうだ…僕は紫音くんに500万円を肩代わりしてもらう代わりに、三年間限定の紫音くんの恋人になったのだ。
〈紫音side〉
昔から人と話をするのは好きだ。
金髪に紫の瞳、日本人離れしたこの外見は、他人は「綺麗だ」と言ってくれたけど、近寄りがたい印象があったらしい。
俺はその印象を脱するために、たくさん人に話しかけた。
話をすればするほど、自分に心を開いていくのが分かった。
でも、難攻不落の人がいた。
『中森桃也』
黒髪に真ん丸の瞳、背は170センチないくらいで細身。男性だけどどこか可愛い印象があった。
ももと出会ったのは、中学三年の冬。
友達に誘われて入った学習塾だった。冬期講習だけ受けにいったのだ。
ももは先生の補佐だった。俺と同じように冬期講習のみのバイトだったらしい。
直接指導はあまりしないが、プリントを配ったり、講習後の黒板消し、それから少し学習が遅れた子に一対一で教えてあげるなど、そういう雑用的な仕事だった。
可愛い容姿に周りからは『ももちゃん先生』なんて呼ばれていて、ニコニコ笑って応えてた。
俺もその頃は「先生」と呼んでいた。
俺も先生と話はしていたけど、あまり自分の話はしてくれなかった。
『どういう人がタイプ?』なんて女子が聞いても『んー、優しい人かな』とか当たり障りのないことを言う。
『恋人はいるの?』と聞かれても、『どうかなー』なんて適当を言ってはぐらかされる。
先生は風のような人だなと思った。
掴もうと思っても、掴めない。
そんな謎めいた人だった。
何度話しかけてもなかなか心を開かないその人に俺はちょっとずつ惹かれていった。
冬期講習も終わりに近づいた頃、友達と別れて駅の方へ向かっていた。
駅の裏側はどちらかというと治安が悪く、飲み屋やラブホテルとかがたくさん建っていた。
俺が向かうホームの方向が裏側から入った方が楽なので、駅裏を通っていた。
とあるラブホテルから、見知った男を見かけた。
(え…ももちゃん先生?…と誰だ?)
背の高い若い男とホテルから出てきた。
ラブホテルの入り口で、二言三言会話をして、二人が別れ、先生が振り返るとぱっと俺と目が合った。
先生は明らかに『ヤバい!』という顔をしていた。
「は、花森くん…」
「先生、今日風邪で休みって聞いたけど…っていうか、あの人誰?」
「えーっと…」
先生は目線を様々なところへ巡らせている。
あぁ、何か言い訳を考えてるなと思った。そして、先生のことを知るチャンスだと思った。
「ねぇ、先生。俺、お腹空いてるんだ。あそこのファミレスでご飯付き合ってよ」
俺はにっこりと笑って、誘ってみた。
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