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第10話
〈桃也side〉
あのバーでの一件以来、僕は紫音くんの恋人になった。
今思い返しても、最低人間だと思う…。中学生に…あんなことやこんなことを…しかも自分から誘うなんて…。(この後悔はお墓まで持っていくつもり)
借金はいくらだと詰め寄られても、僕は固く口を閉ざしていたが、しびれを切らした紫音くんが、僕のスマホを奪い取り、通話履歴から加藤さん(取り立てをしてるヤクザさん)に電話を掛けて、借金がいくらか聞いた。
「お金、一括で払うんで、借金の額、教えて下さい」と全く物怖じせず聞き出すあたり、紫音くんは大物になるんだろうなと思った。
電話の向こうで初めは怒号のようなものが響いて僕はハラハラしていたが、紫音くんが身分を明かすとだんだん声が小さくなった。
「いや、分かってもらえたらいいんです。俺、喧嘩してる訳じゃないし。…だから、そんなに謝らないで下さい。今度そちらに秘書を向かわせますので…。あ、大丈夫です、こちらから伺います。いえ、夜分に失礼いたしました」
電話を切り、紫音くんはにこりと笑って「話はつけたよ」と言った。
「話はつけたって…どういう…」
「500万円の借金は朝になったら秘書が払いに行くから。それから先生は…あ、恋人になったから先生は変か。『もも』って呼んでもいい?」
「あ、はい…」
「俺のことも紫音でいいよ。それから、ももはこれから花森学園の学生寮に住み込みさせるから、引っ越しの準備しといてね」
話が急展開すぎてついていけない…。
「あの、花森学園の学生寮で住み込みってどういうこと?」
「ふぁぁ…一仕事したら何か眠たくなっちゃった…もも、寝よう」
時間はすっかり夜中の3時を回っていた。
紫音くんは僕をそのままベッドに押し倒し、僕を抱き締めながら眠ってしまった。
金色の髪が僕の首筋をくすぐった。金色のまつげは繊細で、寝顔は天使みたいに可愛い。
これだけみたら、本当に天使のように可愛い子どもなのに…何が楽しくて9つも離れた中学生が僕なんかを恋人にしたのか全く分からなかった。
とにかく、今日が日曜日で良かったと思った。
「もも!もも起きて!」
紫音くんの声で目が覚めた。
「朝ごはん食べよう」
アメジストの瞳の天使が僕の傍にいた。
「ん…朝?」
「もうお昼前だよ。もも、パンでいい?ジャムつける?マーガリンにする?」
紫音くんはしっかり身支度を整えて、紅茶を入れながら、ジャムやらマーガリンやらを準備をしている。
対して、僕は真っ裸。
「もも、寝癖ついてる」
紫音くんは跳ねた僕の髪を撫でながら、唇にちゅっとキスをした。
僕は急なことで固まった。
「さ、早く食べよ。サラダとベーコンエッグもあるよ」
「さ、さっきのキスって…」
「え?おはようのキス。恋人なんだから、普通でしょ?」
何ということでしょう。こんな甘い朝、何年ぶりだろうか…。
今まで付き合ってきた彼氏たちがドライな人ばっかりだったから、こんな甘々な感じは久しぶりだ。
僕は服を着て、遅い朝食をとった。
朝食をとり終わると、バーの前に黒塗りのリムジンが停まっていた。
運転手が控えており、僕たちの姿を確認するとドアを開けた。
「先生、家はどこ?」
「天神町 の神山荘 っていうアパート」
「部屋番は?」
「205」
運転手が何やらカーナビに住所を入れている。
「小宮山 、すぐ向かって」
運転手に向かって、紫音くんが指示をすると、小宮山さんは「はい」と返事をして、僕の家に向かった。
リムジンの中で、紫音くんは花森学園のことを教えてくれた。
「俺、4月から花森学園高等部に進学するんだ。幼等部からいるからエスカレーター式なんだけどね。花森学園は俺の父が経営してる学園なんだ」
花森学園はここら辺では有名な進学校で、お金持ちの子どもが通う学校として有名だった。
生徒も先生と優秀で、設備も一流のものが揃っていた。
同じ『花森』だから、もしかしたらとは思っていたけど。
「花森学園には学生寮があるんだけど、そこの寮監が定年で辞めちゃって…住み込みの人を探してたんだ。高等部は全寮制だから、俺も寮に入るし、ももと一緒にいられるし。あ、ももは教員免許持ってるんだよね?」
「持ってるけど…」
「高校の免許?」
「中学校と高校の国語の免許」
「ちょうど良かった!国語の先生もしたら、その給料も入るし、お金も稼げるね」
え、国語の先生もしたらって…
「ちょっと待って!国語の教員なんて、急に言われてもできないよ!!それに花森学園って、一流の教師ばかりなんでしょ?僕みたいなペーパー教師、無理だよ…!」
「だったら臨時教師ってことで、1クラス2クラスくらいの少人数受け持てるくらいに手配しとくよ」
「臨時教師って…」
「もも」
紫音くんは僕の手を取って、手の甲にキスを落とした。
「もも、今は話についていけないよね。俺の恋人っていうのもよく分かってないのも分かるよ。だから、俺が高校を卒業するまで、俺の恋人でいて?臨時教師も契約社員扱いだから、一年毎に契約なんだ。三年間頑張って続けてね。これがももの借金を肩代わりした条件。ももは無条件って嫌なんでしょ?」
確かに無条件で500万円の借金の肩代わりは嫌だった。
僕は今まで親の愛情だったり、普通の恋人からの愛情って受けてこなかったからか、『無償の愛』というのを信じていなかった。
「もも、三年間よろしくね」
紫音は僕を抱き締めながら、耳元で囁いた。
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