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第16話 僕、淫魔です!-Ⅵ- -1-
「……あれが、この前の討伐戦で噂になった、リオのお気に入りの"奇跡のシスター"、シャル……か」
「ああ、そうだ。ミカ」
言い合う騎士見習いの簡易服姿の二人の青年の前方には、何か作物の入った大袋をヨタヨタと運ぶシスター姿の小柄な褐色の人物が居た。
『奇跡のシスター』……そう呼ばれた人物の名前は、"シャル"。
突然リオの傭兵団に現れた、褐色のシスター。
何でも、廃教会で一人暮らしていたシスターをリオが連れ帰り、傭兵団の一員に加えて館で大事に養っている……と噂が立っていたのだ。
そんな中、先の盗賊の討伐戦で初めて従軍させ、寝食等全てを団長のテントでやらせる溺愛っぷりに敵と仲間がどよめいた。
しかし、シャルの容姿を見た者はリオの溺愛と取れる行為を一瞬で納得した。
あまりにも、シャルは完璧に容姿が整い過ぎていたのだ。
そして、好意を……"愛"を無性に与えたくなる……。見ると、そんな気分に勝手になる、不思議な人物だった。
更にシャルの、皆に邪魔にならない様にとチマチマと動く姿に口には出さないが、全員が癒され、好意を持っていた。
ちなみ討伐陣内は男がかなり目立つが、女がその中に居ない訳ではない。しかし彼女達もシャルに友好的で、関係は良好であった。
―……そう、何故か全員が『魅了』されていたのだ。
そして討伐戦終盤において、とある事件が……。
シャルが盗賊数名に連れ去られてしまったのである。
その事にリオは自ら動き、翌朝には解決したのだが、その時のリオ達傭兵団のピリピリ感は物凄かった。
そして連れ去られたシャルは、特に怪我や疲弊した様子も無く、ただ憂いを帯びた表情でリオに甘える様に横抱きにされて帰ってきた。
―……荒くれな盗賊共に誘拐されたにも関わらず、無事そうなその姿……まさに『奇跡』。
捕らえられた盗賊達の処罰は他の大勢の仲間と同じにされたが、尋問はリオの所の尋問官に渡されたのだ。
しかし、ここで謎の言葉が……
「……出ません……もう、出ません……。た、助けて……。許してくれっ……!」
虚ろな目と、何かに怯えた態度を繰り返す、シャルを誘拐した男三人……。
確かに雰囲気的に下っ端な感じはあったが、盗賊である彼等が普段からそんな態度をしているとは思えず、リオ達以外は首を捻るばかりだった。
ただし、リオ達はそんな彼等を平然と見、「……可哀相に……」と呟いたり、大変憂いを帯びた重く深い溜息を吐いてその場を去っていくのだ。
その事を年上の討伐戦に参加した者から聞かされた二人は、シャルにとても興味を持った。
そこで今は館に居るであろう"奇跡のシスター"を、二人はこうして密かに見にきたのであった。
シスターとの距離はそれなりに有るが、二人は"遠見"の術を使用しており、距離的に普通は分からない表情さえも鮮明に分かっていた。
そんな二人は木立に隠れ、とにかくシスターを観察している。
一方、シスターはどうかと言うと、自分が見られているとは知らない呈で一生懸命、大袋の運搬に精を出している……。
そのヨタヨタとした足取りから推測して、大袋がとても重いのかたまに休憩を挟んで……の行為を幾度か繰り返して、シスターは青年達の視界を横切ってどこぞへ行ってしまった。
シスターが通り過ぎる間、二人は最初の会話以外喋らずにいた。
余程無頓着な声量で無ければ会話は可能な距離で、二人はどちらも喋らずにいたのだが……
「……噂より……可愛い……。想像以上だ……ヤバイ……」
「は? ミカ?」
突然、そんな事を口にした金髪の青年に、隣りに立っていた薄茶の青年は釣られて口を開いた。
そして薄茶の青年の声に、自分が何を口走ったかが後から分かってきたらしく、金髪の青年は一気に頬を赤くした。
「……と、とにかく、どんな奴か、この俺が見極めてやる!! その為に、親父の"印"を……内緒で拝借してきた!」
「あ!? おい、ミカ? ……ミカぁ!!」
そう叫ぶと、"ミカ"と呼ばれた金髪の青年はリオ率いる傭兵団の館へ走っていったのだった……。
―ドサッ!!!
「―……~……ジャ……ガイモ、持ってきましたぁ!」
「おッ、シャル、さんきゅーな」
「はい~……」
ふぅ! 腕力が無いと、手伝うのも大変だな!
僕もここの傭兵みたく、筋肉をつけた方が良いかなぁ?
……あ。簡単に言うと、僕の名前は"シャル"。
そてし、て傭兵団で男娼をしている、腹ペコ淫魔なんだ。
まぁこの傭兵団で男娼をする事にした経緯は、廃教会で目覚めて腹ペコの僕が、高いびき中のこの傭兵団の団長さんをご飯目的で性的に襲った事に端を発しているんだケド……。
「う~~ん……まいっなぁ……。これじゃ足りない……」
「何が足りないんです?」
「"キャベツ"がなぁ、すんげぇ足りないんだよ~。しくじった!!」
俯き、額に手をやり悲嘆している料理長……。
何でそんなに悲嘆しているのか、不思議に思い聞いてみれば……
「あのな、団長達は今日、討伐戦報告で王城に行ってるだろ?
どうやらそこに今回は、団長の精神の疲弊が激しい人物が同席するみたいでさぁ~。
好物のロールキャベツで疲弊した精神を癒そうかと思っていたのに、……たくさん有ると思って、安心しきって抜かった!!」
「…………」
そういえば昨夜、傭兵数人が大量のキャベツを肴にお酒を飲んでいたな……。原因は多分それかな……。
「用聞きは明日だし、俺も仕事がまだ……あああ~~!!」
「あ、あのさ、なら……僕で良かったら、キャベツをなるべく大量に買って来ようか?」
「え……!? 良いのか、シャル! 頼むッ!!」
「わ、分かった。任せて……」
ひぃ!? 料理長、そんな血走った目で僕を見ないで……。彼も傭兵として現役だから、悪いけど、怖い……!
そして僕はそんな料理長に【キャベツを大量に買い付けて来る任】を受け、リヤカーを借りに外に出た。
あ。お金はここの館の"印"を見せれば、お店の人が後から代金請求に来るから持たなくて良いんだって。
僕は急いだ方が良いと思って、少し小走りにリヤカーが置かれている場所に向かった。
街に……一人で買い物に行くのはあまりしない事だから、少し不安だ。
だけど、ここまで来て手が空いてそうなのが僕しかいなさそうで……。やるしかないよね。
そんな事を考えながら角を曲がったら……
―ドン!
「……ッ!?」
だ、誰かにぶつかった!?
僕は何とか尻餅をつかずによろけながら、ぶつかった相手を見た。
そこに驚いた顔で立っていたのは、見習い騎士の格好をした青年で……
僕の知らない顔……。
……まぁ、この館に居るのだけが団長さんの仲間じゃないから、多分、外から来た仲間なのかな?
一応、この館内に入るには仲間としての"印"を提示しないといけないから、仲間ではあるのは分かるのだ。
大理石の様な滑らかな白い肌に、濃い金髪、瞳も濃い青……―……背も高いし、はっきり言って格好良い。
そして年齢は、年上だろうけど僕とそんなに変わらない位だと思う。現に、フィリックだって僕と似た様な年齢だと思うし。
そんな僕とフィリックの事を考えると、リオ団長の傭兵団は種族に年齢に……と色々と幅が広いな。
初めて見る仲間なら、自己紹介も兼ねた方が良いかな?
「―……あの、僕は"シャル"です。ちょっと急いでて……ぶつかってごめんなさい……」
「そうか。俺は大丈夫だから、気にするな。……ああ、俺は……"ミカ"。……それにしても、シャルは"僕っこ"か……」
「?」
最後の方の言葉が聞き取れなかった……。
それにしても、彼……体格良さそうだから、力も有りそう……。
良いなぁ……。僕、ジャガイモの大袋一つ運ぶのにあんなに時間掛けちゃって……。
……そうだよ! 買い物をして、そこから料理を作らないといけないから、時間が必要なんだ!
ここは駄目元で、出会ったばかりだけどミカに……お願いしてみよう……!
「……あ、あの! 良かったらこれから、街に買い物を付き合ってくれませんか!?」
「え!?」
「えっと、その……手の空いている僕が、緊急で食材の補給で街に行く事になったんです。……お願い出来ませんか?」
「そ、そうか。……良いぜ? 行こう」
「はい! ありがとう御座います!」
やった!
リヤカーを使うつもりだったけど、街中の市では人の邪魔になるから入り口付近に置く予定だったんだよね。
ミカのおかげで、店で買い物をしてリヤカーに運ぶまでの時間がかなり短縮されそう!
僕、あまり一人でこの館の外に出ない様にしてるから、人混みの中に一人でちょっと……そう、ちょっと不安だったんだー! ああ、これで安心だよ~!
しかもミカから「もっと普通な喋りで良いから」と言われた。くだけて良いんだ~。楽で良いなー。
「えへへ、ミカ、突然なのに付き合ってくれて有難う! 助かるよ!」
「……!! ぃ、いや……うん……」
笑顔でお礼を言って、小さなリヤカーを引っ張り出して、いざ! キャベツ、たくさん買うぞー!!
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