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帰りは上機嫌だった。 自分でも驚くくらい、良い気分だった。 あの罪悪感でいっぱいな表情、今でも思い出せる。 息が荒くなり始めた時の顔も。 なんか、あいつの感じてる顔も悪くないな。 あれならこっちも勃つかも。 そういえば、「下手くそ」って言われなかった。 初めてだったけど、上手く出来たってことかな。 それなら嬉しい。 またしてあげようかな。 その時、スマホの着信音が鳴った。 画面には「北見さん」の表示。 タップして電話に出る。 「はい」 『カナ?よかった、やっと出た』 安心したような声。 やっと、ってどういうこと? 「どうしたの?」 『どうしたって…!ここ2週間ほど全然連絡無かったから何かあったのかと…』 「あ……」 そうだ、忘れてた。 出かけた日以来、北見さんから何度か連絡が来たけど何故か出る気になれなくてそのままにしていた。 そんなことよりも、あいつをどうしようかと考えていたから。 「ごめんね…でも大丈夫だよ」 今、すごく愉しいから。 「それならいいけど…」と北見さんは言った。 北見さんの声を聞くのが、ずいぶん昔のことのような気がした。 きっと酷く心配していたんだろうな。 『とにかく生きててよかった…』 「えっ、ごめんね本当に」 でも大丈夫だよ。 死にたいなんて言わないし、もう思わない。 『今日は?会える?』 今日………。 「ごめん、これからバイトなんだ」 『……そうか、じゃあ仕方ないな』 「うん…終わったらまた連絡するよ」 『分かった。バイト頑張って』 プッー。 嘘を、ついた。 初めて北見さんに嘘を言った。 なんとなく「会いたい」と思わなかった。 なんとなく、だった。 だから嘘をついたけど、言った後の北見さんの声を思い出すと罪悪感を感じた。

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