「……今、なんて？」 目の前にいる北見さんは信じられないという顔をしていた。 どうしてそんなことを言われたのかも分からなかった。 「なんだか楽しそうだね」と言われたから理由を話しただけなのに。 「だから今日、俺のこと見下してた奴に恥かかせてやったの。俺と今からヤりますっていう風に見えるように」 そう言うとますます訳が分からないといった表情になる。 「なんでそんなこと…」 「なんでって、なんでそんなにびっくりしてるの？」 確かに北見さんにとっては嫌なことかもしれないけど、そんなの浮気とかじゃないよ。 俺の、ただの遊びなんだよ。 「別にそいつと付き合うなんてことにならないよ。っていうか絶対やだ。そうなったら死にたいくらい」 「そうなの？」 「そうだよ。死んで欲しいくらいに嫌いだから、あいつのこと」 そう言ったのに北見さんの表情は何も変わらなかった。 「本当にそれだけ？」 何故かこの言葉に心臓がどきりとした。 「うん、それだけ」 それだけの感情しか、あいつに対して持ってない。 「…ごめんね、不安にさせちゃって。でも俺、ちゃんと北見さんのこと好きだから」 「じゃあもうそんなことしないで」 「え、なんで？」 「無理だよ。あいつ、俺しかいなくなっちゃったんだ。俺がたまに相手しなくちゃ」 「何言っ……」 「あ、挿入まではしないよ。だって俺、北見さんの恋人でしょ？」 だから、そのあたりはちゃんとするよ。 「ちょっと待って、カナ。ほんと、何考えてるんだ？」 「何って、ほら、男だったらやっぱり溜まっていくから」 北見さんの顔がどんどん青ざめていく。 「……ッ、もういいだろ。許せないのは分かる、だからもう今日のだけで十分だろ」 「そんなの駄目だ！」 急に声を荒げた俺に北見さんは驚いていた。 ごめんね。 でも、やっぱり駄目なんだよ。 「俺はあいつにとってどうでもいい存在だったんだ。すぐに忘れられる。俺はそうじゃない、忘れられるのが一番許せないことだ」 自分が思っていること全部がすらすらと出てくる。 なんだか今日はよく喋るな、なんて思えるくらい。 「……カナは、本当に俺のこと好きなの？」 北見さんは、ポツリと呟くように言った。 小さな声だったけどはっきりと聞こえた。 「…どういうこと？」 なんでそんなこと聞くんだ？ 「そのままの意味だよ」 「え……好きに決まってる。なんで、そんなこと聞くの？」 「最近あまり会えない日が多かったし、連絡もくれることが少なくなった。忙しいんだろうって思ってたけど、たまに話せばそんな様子も無い…。むしろ前より元気で……何かがおかしいって思った」 おかしい？ 「あ…確かに北見さんにとって嫌なことだと思うけど、俺は北見さんが一番好きなんだよ？」 「じゃあ、どうしてそんなにそいつに執着してるの」 「……は？」 執着？俺が？ …違う、俺は許せないだけだ。 「違うよ……俺は北見さんのこと好きだよ、信じて…？」 本当に……… 「……ごめん。今は、何も言えない…」 その瞬間、自分の全てが失くなった気がした。 今までこの人と過ごした日々が、嬉しいと思ったことや楽しい時間が、一瞬にして消えたようだった。 何かがおかしい。 どうしてこうなった？ あいつを独りにすれば、俺は幸せになれると思ってたのに。 何が間違ってた……？