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第4話
「え.....」
僕と久保さんなら生活習慣や出勤時間だって違うだろう。だから今まで会っていなかったとしても不思議ではない。
でもこうして知ってしまったからには、ただの客として扱うこともできなくなる。
「奇遇ですね!スバルさんは何階にお住みなんですか?」
「24階です...」
「ああ!じゃあ僕の一つ下の階ですね!うれしいなぁ。これからももしかしたらお店だけでなくスバルさんと会えるんですね!」
誰にでもそんな顔を向けるのか、それとも僕は好意を持ってもらえているのか.....。
初めて会った時から凄く人懐っこい表情を向けてきていた久保さんの嬉しそうな笑みは、どちらともわからなくて困惑してしまう。
「そう...そうですね。はは。またお店にも顔を出してくださいね〜」
今はもう久保さんの顔色を伺っている暇なんてない。どうにかこの気まずい雰囲気から逃れたかった。
「実は俺、外回りの後直帰で帰っていいって言われてて、それで今日は暇なんです。だから今日お店の方行ってもいいですか?」
「もちろん!久保さんあれ以来来てらっしゃらなかったから、待ち遠しかったんですよ〜」
緊張と不安から口が渇く。
ついつい女の口調になってしまう。
「ほんとですか〜。うれしい。でもこうして普段のスバルさんにも会えてよかったです。
あっ、お店って何時からでしたっけ...?」
会えてこんなにも嬉しいのに、逃げさりたくなる矛盾。
会って失敗したと思った。こんなにも自分が彼に想いを向けていたなんて気づかなかった。
少し好みだと思ったくらいだったはずなのに。
彼がこんな風に社交辞令を言ってくれるのも、僕がおネェでちょっと興味があるだけだ。
期待なんて、するだけ無駄だ。
「6時からなんです」
「あぁ、ですよねぇ.....。結構時間あるな.....」
袖をめくり、腕にある高級そうな時計に目をやる。
「やっぱり開店の時間まで、料理の下準備とかあるんですか?」
僕の開いているゲイ達の出入りの頻繁な通りにある店『ミルイチェ』。
ミルイチェは今ではすっかり出会いの場になっているが、もちろん、一人で静かに飲んでいかれる方だっている。バーでもあり、軽いレストランのようでもある、そんな店だ。
「そんな下準備なんてそうそうしませんよ。貸切でパーティーの予約が入った時くらいですかね」
「ほんとですか!でしたら、時間まで僕に招かれてくれませんか」
そんな展開あってたまるか。
なんで開店まで忙しいと言わなかった、さっきの自分。
「えっと...でも、久保さんはせっかく仕事が早く終わったのに僕なんかに時間割いていいんですか...」
「なんかってなんですかー。俺は一対一でスバルさんとお話したかったんですよ」
「じゃあ...あの...よろしくお願いします」
僕はおずおずと頭を下げた。
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