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第10話

「…………」 目覚める時、元の家の天井であればいいのにと何度も思った。これが全部夢であったことなのだと、或いは自分の記憶がない間に自分が助けられたのだと、何度も願って目を開けていた。 しかし、視界に映るのは現実の――姉として生活をしなければならないという現実の世界の天井だった。諦めのような力のない溜息を無音で吐く。 涼真は重そうに上体を起こし、体に纏わりつく白いシーツを剥がした。ズキリと痛んだ腕に少し顔をひきつらせるが声は出さない。それほど長引きはしないだろうが少し赤くはなっているのに気づき、涼真は自嘲的に笑った。 昨日は久々にやっちゃったからな…… そう思ったと同時に昨晩の行為の感触が体をまさぐるように這い上がってきたので、振り払うかのようにバスルームへと向かった。服は着ていなかったのでそのまま脱衣所は通り過ぎ、キュッと勢いよくシャワーの蛇口を最大まで捻る。冷水のシャワーを頭から浴びた瞬間に来る体の内側までに響く衝撃に安堵して、涼真は目を閉じた。 あれから、幾らか月日が経った。 真尋に捕まった当初は何度も逃げようと画策した。しかし、その度に真尋はゆっくりと確実に拘束していき、気づくと涼真にはもう逃げようとする考えも気力も削ぎ落とされていた。 諦めの感情が増えていくにつれ、真尋の甘い言葉の端々から歪んだ解釈が明らかになっていた。 死んだのは弟の自分の方であり、鈴香は死んでいないこと 弟の死を受け入れられず、弟のフリをすることで弟が生きていると鈴香が錯覚していること そして――自分を完全に鈴香だと思っていること 涼真が真尋と鈴香の二人だけの思い出や話題を知らないのは、弟のフリをするために記憶がないと思い込んでいると解釈し、鈴香らしからぬ行動を起こすのは弟の真似をしているのだと真尋は考えているようだった。

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