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第14話
真尋の声色は変わっていない。しかし確実に先ほどのとは変わっていた。
この声を涼真は知っている。
『昨日、少しやり過ぎたかな』
電話越しの真尋が今、ゆったりと微笑んでいるのが見えなくても分かった。
きっと側から見たら、恋人のことに夢中な微笑み。
しかし、蕩けてしまうような声音だが眼差しは虚ろなあの微笑みは、涼真にとっては危険信号のサインだった。
『ごめんね、鈴香』
囁く声が瞬間、身体に絡みつく。昨日執拗に触られた部分が再びずくりと反応した。
「……あ…」
『今日は鈴香の好きなシュークリームを買って帰るよ。駅前の、チョコとカスタードを二つ』
(落ち着け。取り乱したらダメだ)
洗ったばかりの身体がもう汗ばんで来ているのを感じつつ、声を震わせないように涼真は言うべき正解を口に出す。
「う…ん。ありがとう…」
『なるべく今日は早く帰られると思うから、良い子で待っててね』
「…うん」
『じゃあ……同僚が呼んでるし電話もう切るけど、』
ああやっと終わる、涼真は心の中でほっと息をついた。先ほど絡みついた見えない呪縛が解かれて行くような感じがする。
(よかった…“あの状態”じゃなかった……)
最悪の事態は免れた、そう思っていた。
次の言葉を聞くまで。
『…最後に鈴香の声で俺の一番聞きたい言葉を言って?』
「っ……」
涼真は喉を大きく上下させた。
“鈴香の声で”
さらりと言った真尋の発言は、今は姉の声ではない、弟の涼真の声であるということを意味している。
『鈴香に戻って』
暗にそう言っているような気がした。
涼真の瞳が受話器から離れるように一瞬ぶれる。
(しまった…)
腕がきしむように一度痛んだ。その痛みがさらに焦りを助長させる。嫌でも昨日の行為が思い出されてしまった。
(いやだ…今夜も、なんて……)
意を決して息を少し吸い込み、確かめるようにゆっくりと声を出す。
「真、尋…くん…」
地声よりもワントーン高く、姉によく似た声で。
あの男が求めている言葉を。
「愛…して……る」
どうか、と祈るように小さな声で涼真は受話器に囁いた。
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