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高校、大学とお互い違ったが、映画という共通の世界があったから関係が切れることはなかった。 美術系の大学の俺と、経済学部の和泉だと全然違う分野の会社に就職が決まりそうなものだが、まったく関係のない分野ではない。たぶん今後も途絶えることがないだろうと思う。 和泉の存在は安心と不安、欲望と渇望を俺に与えるが、失うことに耐えられる自信がないからリアクションを起こすつもりはない。 お互いに友人がいて、7年の間には恋愛もしてきた。和泉の彼女にあったことはないし詳しく聞くこともしなかった。 根掘り葉掘り聞いてみたい気持ちもあったが、それを聞いたところでどうしようもないことなので・・・考えることを辞めた。 たったひとつの喜びは、映画だけは俺と見てくれることだ。 それだけが俺の気持ちを強くしている。 この世の中から映画が消えることはない。ということは、俺は和泉を失うことはない。 そんなことにしがみつきながら心の奥底に和泉を封じこめる。 パンドラの箱に希望が一つだけあったとしても、大部分が黒い闇の箱をあける必要はないだろう。 映画を介して流れる二人の時間が、たった一つの希望だとしたら、もうあとは何もないのだ・・・。 和泉にあったころには自分がどういう人間なのか考えないようにしていたが今はもう答えをだしていた。 女性ともつきあえるが、自分の本質はゲイだと。 ゲイでヒスパニックというマイノリティーである弁護士の男が主人公の小説を読んだとき、自分を認めることができた。 『ノーマルな男性が夢に見るのは、魅力的な女性がビキニ姿でプールに飛び込む姿かもしれない。 自分は違う、それが女性ではなく男性の姿なのだ。ただそれだけなのだ。』 あ、そうなのか。 自分が夢にみるのは女性ではない・・・。たった数行の文章に自分の自問自答の答えがあって、ストンと胸に落ちてきた。 それでいいじゃないか。 和泉と俺は正反対だ。どこか醒めたような俺は和泉の素直さが心地いい。 俺は嫌なことがあったら何も言わない。あえて自分が嫌だと思っていることを言ったところで面倒なことになると思ってしまうからだ。 対して和泉は嫌なことは嫌だという、そして何故嫌なのか相手に説明する。つねに自分を理解してもらおうとする。 俺にはまったくない面だ・・・黙っていると人は大抵肯定と受け取るし、自分の都合のよい方向を導き出すのだから、それでいいと思っている。 整形するとしたら?と聞かれても、とりたっていじりたいところはない程度に満足しているが、表情が乏しいのだろう。何を考えているのかわからないとよく言われる。 標準的な大きさの黒い目、瞳孔が大きいせいか視線が印象に残るようだ。鼻も口もとりたてて可もなく不可もなく、これといって秀でたパーツはない。たぶんバランスよくおさまっているせいか人から容姿を誉められることが多い。 身長は178cm。可もなく、不可もなく・・・。 、 男性でも女性でも、さほど苦労することなく関係をもつことができたが、深く付き合ったことはない。 誰にも本気にならないというのが周囲の評価だ。 本気にならないわけではない。和泉という存在を心の底に押し込めているせいで、他の誰にも心をさらけだすことができないのだ。 結果、相手が自分の気持ちより大きいものを抱いて俺から離れていく。決まって言われるのだ。 『あなたは、お前は、本気で誰か好きになったことがないんだろう』と。 本気で好きになるという言葉では軽いくらいの想いを抱えている。 この和泉という重くて大切な箱を、いつまで自分が抱えていけるのか、考えることを放棄した。 和泉がいない世界など想像できないのだから、このまま自分の心に蓋をしていればいい・・・。

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