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就職すると以前のように頻繁に会うことはなくなった。
見たい映画があっても上映期間が2週間ぐらいだと都合がつかないことが多い。
毎日が休みじみた学生と社会人では生活パタ一ンがまったく違う。
日々の業務を覚えること、社会の一般常識を身につけること、電話一本とるだけで緊張する毎日。
俺は専攻したデザインを生かすため、就職先にプロダクションを選んだ。
広告物のデザインを受注する。折込チラシやDM、webデザインとメンテナンス、TVCMや映像・・・。
とにかく扱うものは多岐に渡っている。自分のやったことが形になって現れる仕事がしたいと偉そうなことを言って選んだ分野だったが多忙を極めた。締め切りが当然あり、クライアントの意思や好みが重要だから、自分がいいと思ったものでも、クライアントが気に入らなければやりなおす。
想像していた内容と違うと上司の石田さんに話したら、『そりゃ、お前、仕事で金もらうのと、趣味でやるのとは次元が違うんだよ。自分のデザインがすべて通るなんてありえないだろう。好きなものが描きたいなら休みの日にやって自分の部屋にでも貼っておけよ。』と笑われた。
休日も返上で出勤することも多いし夜帰るのも遅い。帰れない日もあった。
休日はたまってしまった洗濯をして掃除をし、気分転換に料理をつくったりすると、あっという間に終わってしまう。急に時間の過ぎる速度が速くなり、1週間が1ケ月があっという間に流れていってしまうのだ。
メールでのやり取りはあるものの、和泉と映画をみるといった今までの日常は俺にとって贅沢なものになっていた。声を聞きたいと思ってみても、なんだか電話で話しても味気ないものになるし、話しが続かない。
逢えば自然と会話はつながっていくのに。
就職して4ケ月、短い夏が通り過ぎ秋の気配がちらほら見え出した。学生時代は海だ、キャンプだと夏はイベントづくしだったが、今となっては太陽にあたるのは通勤時間だけ。
なんとか仕事の目処がつき、3日間の盆休みがとれた。
ちゃんと掃除をしてクロ一ゼットの中を整理してクリ一ニングにだすものをだしてしまおう。
そうだ、3日の間に和泉にあって飯でも食おう。
ワクワクしながらメ一ルをした。
『アキ、ひさしぶりだね。』
休みがとれたとメ一ルしてすぐに電話がかかってきた。
「おう、元気だったか?もしかしたら休みなしかもって思ってたけど、なんとかなったから、久々に映画でもどうかと思ってさ、お前休みはあるのか?」
『う~ん、一応4日もらえたんだけどさ、休み前に仕上がるデザインがアップしなくて、というかお客さんが色校段階で路線変更しちゃって・・・・。』
「色校までいって?色変更レベルじゃなくて?」
「うん、全部やり直し。
プロダクションさんは休み返上でやるそうなんだよ。担当の代理店の人間と僕は電話があるかもしれないからどこにもいけないんだ。僕もアキと映画でもみようかと思っていたけど、そんな状態だと映画館にいけないし。途中で連絡あるんじゃないかなんてビクビクしながら映画みるのは楽しくないよね。」
「それはしょうがないな・・・。」
和泉は大手の印刷会社に就職した。俺がプロダクションを選んだ理由の一つが、和泉が印刷会社に就職したことがある。広告代理店は制作部門をもっていないところもあるし、持っていても仕事がたてこむと外注する。プロダクションは制作をする。そして印刷にまわるわけだ。印刷会社とプロダクションは一緒に仕事をすることになるので、いつか和泉と同じ仕事に関わることができるかもしれないと思ったし、いつかやってみたいと考えている。
初稿をあげてクライアントと方向性を確認しながらデザインをつめ、校正で文字の直しや微調整をし、色校正を経て下版といわれる最終確認をして印刷する。
その色校正の段階でひっくりがえったとなると、かけた時間が無駄になったことになる。たまにあるのだが現場の担当者と内容をつめていたら、トップの人間の意見で方向性が真逆になったりすることがあるのだ。
俺にも身に覚えがある。
デザインの進み具合によって、休みあけの工場スケジュ一ルを押さえたり、デ一タにしたりと何かと調整がいるだろうから、この休みは和泉にとって気が休まらないだろうと気の毒になった。
『でもさ、なんかもう4月からあっという間で、色んなものが溜まっててさ、仕事に関係ない人間に無性にあいたいんだよ。』
仕事に関係ない人間か・・・。俺に会いたいって言ってくれないんだな。
『あ、アキはまったく関係ないわけじゃないね。デザイナ一さんだった。前言撤回、久しぶりにアキに逢いたいよ。映画は無理なんだけど、どこか食事にでもいこうか?』
沈んだ心が浮き上がる。
「あ、じゃあ俺のうちにくればいい。酒が飲みたければ買えばいいし。
映画館とはいえないがDVDは見られる、俺がなにか作るよ。」
『えっ、ほんとに?僕一度アキの家にいってみたかったんだよ。じゃあDVDは持っていくよ。委細はメ一ルでやりとりしよう!なんか前向きに仕事ができそうだ、じゃあね。』
切れた電話を見つめながら大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
和泉と出会った頃は10代で自分の気持ちを制御できる自信がなかったので、逢うのはいつも外だった。和泉は隣町に住んでいたから行き来するには少し離れていたし、俺は兄と住んでいたこともあって、友人を家に連れて行くことが少なかった。
好都合だった。狭い空間に第三者のいない状態で和泉といて、普通にすごすことなど無理だった。
考えただけで息ができなくなりそうだった。
もう大丈夫だろう。それにたまらなく逢いたい。
顔を見るためなら、どんなことだって我慢できるはずだ。
傍に居続けるためなら、触れることだって我慢できるはずだ・・・。
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