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休みに入り、掃除をして冷蔵庫に食料品を補充した。足りなくなればコンビニにいけばいい。 DVDは和泉がもってくる。 俺はDVDをあまり買わない。何回も見たいと思う作品しか買おうと思わないので、かなり少ない本数しかない。結局それは和泉と観た映画になるわけなので、この休みに観るとは思えなかった。 10帖・7帖の1DK。ユニットバスでUTスペ一スがないのが妥協点だったが、フロ一リングだし収納は押入れ2つ分のクロゼットがある。木造だから冬が寒いし水道をおとさないといけないだろうが、概ね満足している。 トマトソ一スをつくっておこうと思い材料を切り出す。トマト缶とニンニク、ロリエとオリ一ブオイルがあれば簡単にできるし美味しい。既製品を買うより安くて自分好みのソースになるしストレス発散になる。 兄に感謝だ。 料理がとびきり上手いくせに一緒に暮らしていた6年間、ほとんど作ってくれなかった。 絶対に作れてよかったと思うはずだからといって、徹底的に仕込まれたのだ。 やってみると、これが意外に楽しくて、今となっては休日の煮込みが最高のストレス発散になってしまっている。冷凍庫はシチューやワイン煮込みがギュウギュウに詰め込まれているから、それを食べてもいい。 そんなことを考えていたら電話が鳴った。 和泉を迎えに駅までいく。いい歳をしてフワフワしている。 家で過ごすということになのか、久しぶりに会うからなのか、舞い上がる自分をどうしようもできない。 ゆるむ頬を噛みながら下を向いて駅へと歩く。地下鉄の2番出口のところで所在なげに立つ和泉を遠くからみとめて俺は空を見上げて息をする。 あいつの知っているアキになるのだ-友達であるアキに。 「久しぶりだな、悪いな、こっちまでこさせて。」 俺はちゃんとアキだ、大丈夫。 「少しやせたね~、お互い様か。途中にコンビニあるかな、休み気分を味わうために昼間から酒を飲みたいんだよ。」 「ビ一ルとワインならある。休日気分を味わいたいのは俺も同じだからな。足りなくなったら買いにいけばいいさ。家から歩いて2分くらいだし。」 会話を交わしながら二人で歩く。今まで何度もこうやって並んで歩いてきたけれど、なんだか今日は特別な感じがした・・・。 「なんかデザイナ一って感じだね。シンプルな部屋だ。」 キョロキョロしながら言う和泉に苦笑する。シンプルといえば聞こえがいいが、何もないのだ。 ソファはなく替わりにクッション、小さなセンターテーブルとテレビだけしかない。隣の部屋にはベッドだけ。 できるだけ何もない部屋に住みたいので、極力物は増やさないようにしている。 「おまけに何かいい匂いもしてるし。」 「昼飯食べてないのか?」 「いや食べたよ、こりゃ~夜が楽しみだな。」 ビ一ルでとりあえず乾杯をして飲み始めるが、なんだか落ち着かない俺は必死で平静を装っていた。 和泉が変に思わない程度にごまかせているとは思うのだが・・・。 まず、映画をみて何かを食べながら飲めば、いつもと同じようにできるはずと考えて「映画はなに?」と聞いた。 「気になっててさ、これなんだ。」 和泉が差し出したのは『ブレノスアイレス』だった。 よりによってゲイものとは・・・。こいつ。 「ウォン・カフェイ好きだったのか?」 「監督もだけど、僕主演のトニ一・レオンが好きなんだ。」 「俺はレスリ一・チャンのほうが好きだな。『覇王別姫』が鮮烈だったから。」 「『覇王別姫』のあとアキ全然口を開かなかったもんね。確かにあのレスリ一・チャンは凄かった。 でもトニ一・レオンだって負けてないと思うけどね。これから、お互いの好きな男が見られるってことで。」 笑いながらDVDをセットする和泉の後姿を見る。和泉の口がつむいだ「好きな男」という言葉。 自分に言われたらと想像するだけで、頭の芯が冷え、体の奥底が熱くなる。 たぶんビ一ルではだめだ。 俺はワインをあけることにして部屋中のカ一テンをしめテレビの音量を上げる。 「映画みるときは暗くしないとな。」 「アキと映画みるのは久しぶりだな~」 微笑む和泉から視線を引き剥がし、俺は映画の中に入り込んでいった。 心に痛い男達の話だった。もう関係修復が難しいほどに傷つけあった男二人が、やりなおすために香港の裏側にあるブエノスアイレスまで旅に出る。 「やりなおそう」そうレスリー・チャンが言うたびに、トニー・レオンは引き戻される。どんなに他の男と寝ようと、奔放にふるまって彼を傷つけても「やりなおそう…」そう言われると、トニー・レオンは手を差し伸べてしまうのだ。生きベタなトニ一・レオンと、気持ちのままに生きるレスリ一・チャン。 ただ、彼らは同性愛であることに悩み苦悩していない。あくまでも地球の裏側まで来てしまった自分と、傷付けあいながらも相手の腕の中や心を信じてしまう人間としての物語だ。異性であれ、同性であれ、当たり前に悩む出来事や二人の想いだけだった…。 すこしだけ、潔くなってみよう。 そんな気になった。 テレビを消してカ一テンをあけたら外はもう暗かった。しばらく二人とも押し黙っていた。 和泉は何を考えていたのかは知らないが、俺は切り出す最初の一言を考えていた。 「なんか哀しいけど、悲しくなかった。そしてちょっと幸せが見えたから、安心した。」 和泉が新しいワインをあけながら口を開く。 「トニ一・レオンが不器用なだけなのに、レスリ一・チャンの小悪魔っぷりのせいで、トニ一・レオンが悪い男に見えてしまうくらいだったよ。別に男女に置き換えても成立するスト一リ一だよね、レスリ一・チャンに勝る女優がいなかったのかな?でもさ、なんかタバコ一杯買って…あの部屋にいるレスリー・チャンには涙がでた。」 「異性だろうが同性だろうが、愛情も憎しみも情もあこがれも、ちゃんと成立しているんだよ。 異性間だけのものじゃないんだ。」 「そうだね、そうなのかもね。」 「和泉。」 「なに?」 「俺はお前にずっと隠し事をしてきたんだ。」 「・・・なにを?」 映画を見る前に覚えた熱はきれいになくなっていた。寒い朝の空気を吸い込んだ瞬間のように、自分の内部がクリアになっていく気がした。静かにゆっくり口を開く。 「俺は女性と関係をもてるが、根本はゲイだと思う。」 和泉の大きな目が見開かれたあと、細められた。 「今まで話さなくてすまん。言わなくてもいいことだと思っていたんだ。でも今この映画をみたらさ、トニー・レオンがやりなおそうって言われて引きずられるのは、自分の居場所がほしかったらだって思えたんだ。だから新しい居場所の可能性に賭けてブエノスアイレスを離れることができたんだよな。そう思ったら、理解してもらえなくてもいいけど、和泉には打ち明けるべきだって思ったんだよ。うまく説明できないけど・・・。 でも、言っておくけど、ノーマルの男性が女性なら誰でもいいというわけではないのと一緒で、ゲイだって男なら誰でもいいわけじゃないんだ。安心しろ、お前は俺の好みじゃないからさ。」 俺はそう言ったきり、目を閉じた。怖かった。軽蔑するだろうか、困惑するだろうか。 言わないほうがよかったか?言ったのは自己満足か? いや、こうでも言わなければ、溢れてしまいそうだった。 男として男の和泉が好きだというニ重の秘密を抱えることが難しくなっていたから、一つだけ打ち明ければ、和泉を想う気持ちをまた心の底に沈めることができるはずだ。 和泉はかなり複雑な表情で長い時間黙っていた。何を言っても無駄だから俺も黙っていた。 「アキはアキだから、僕と違ったからといって友達だってことにかわりはない。」 そう俺とお前は違う。友達だけど、友達だと思っていない俺とは違うんだ。 言葉がみつからないままに時間が流れる。 和泉は何か考え事をしているように床に視線をさまよわせている。 沈黙の空気にいたたまれなくなった俺は何か食べるものでも作ろうかと立ち上がった。 ちょうどその時、携帯が鳴った。 和泉がはっとして携帯を手に和泉は話だす。 「お世話になります。どうですか?あ、よかった、本当にお疲れ様です。 ちょっとまってください手帳確認しますので・・・」 仕事の電話らしい。なんとなく気まずくてトイレに入った。俺の都合で打ち明けたが、和泉には処理できないのかもしれない。これで関係が変わってしまってもしょうがないではないか。 和泉は「友達」だと、うれしいのか悲しいのか、でもそう言ってくれた。 俺がちゃんとしなくては和泉に悪い、と思い直したとき、ドアの向こうから声がした。 「ごめん、これから先方に出向いてデ一タをもらってくるよ。今日はこれで失礼するね。」 「え、おい、ちょっと。」 あわててトイレから出たのと玄関のドアが閉まるのが同時だった。 指先のさか剥けから染み出す血のように、後悔がじわじわと全身にまとわりつく。 それを振り払う術もなく、あけたばかりのワインを一人で飲んで、そのまま床に転がった

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