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Vll
昨晩食べ損ねた料理を食べ、酒をのみ時間が流れていった。
心地よい酔いと穏やかな時間は、心に染み入り疲れが消えていく。久しぶりに自分を取り戻し、和泉との時間を得ることができた。
アルコ一ルのせいだろう、目元がほんのり色づいている。
今この手を伸ばして目じりに触れたら、長い睫毛はどうやって瞬くのだろう。
グラスを傾け中身を飲むたびに白いのどが上下する。顎から鎖骨に指を滑らせたら、どんな目で俺を見るのだろうか。
今触れなくては、という強迫観念じみた熱望を感じて戸惑う。
そんなとき和泉がトロンとした目を向けて俺に言った。
「僕思うんだけどさ、アキはトニ一・レオンに似ているよ。」
俺の心臓がビクンとよじれた。
「似てるって言われたことないって。さてはお前酔っ払っただろう。」
かろうじて冗談めかして言うことができた。
昨晩和泉が言った「好きな男」がトニー・レオンだ。それに似ているといわれただけで、急に心臓が
動き出す。
「顔かたちじゃないんだよね。寂しそう、憂い?困ったようなのに強い目線とかよくアキがするんだ、そんな顔。」
・・・俺は思っていたほど隠し切れていないらしい。
俺が前から思っていたことを、この機会に言うことにした。
「じゃあ、和泉は「さよなら子供たち」の謎をもってたほうの少年に似ているよ。」
「ん?フランス映画だったっけ?あ、俺、それ見てないな。」
「黒い瞳なんだけど白い肌の本当に綺麗な子でね、目を奪われたよ。ものすごく印象に残る。」
言ってから不味いと気がついた。和泉が綺麗だといっているのと同じじゃないか!
あわてて俺はその映画を見たときの出来事を話しはじめた。
「とにかく見終わったとき、表面は静かなのに水中は渦巻きで大荒れ、そんな気持ちになった。
心は号泣しているのに、目からは静かに涙がポロっとでるくらいで。心をゆすぶられたよ。
エンドロールが終わって場内が明るくなったとき、通路を挟んで隣に座っていたスーツを着た男性が、まっすぐ前をみて俺と同じように静かに泣いてた。
そういう心を波立たせる映画に出会えてよかったって思っているよ。」
「その人も、自分と同じように静かに泣いているアキを見て、言葉を交わさなくても共感しただろうね。」
「どうなのかな・・・。ともかくその子供が和泉に似てるよ。シネマラソンやった映画館で週替わり2本立ての企画があって、その時に観たんだ。けっこう昔の映画だと思う。DVDリリ一スされているかな。探して今度見てみろよ」
「そうだね・・・。」
そういったきり和泉が静かになったので、見るとまぶたが閉じていた。
腹いっぱいになったら寝るなんて子供だな、と思いながらタオルケットをかけてやる。
長いまつげが伏せられて年齢より幼くみえる。俺の心はざわめいた。
和泉から離れて壁にもたれ、名前も知らないその男性と、映画館をでて過ごした時間に思いを馳せた。
それがお前だったらどんなによかっただろうと。
無防備に眠る和泉から意識を遠ざけるために、その一度きりの逢瀬を思い出す。
俺もいつの間にか眠りにひきこまれていった。
和泉はこの日から、気楽だし俺の料理が口に合うとかで、都合がつけば俺の部屋に来るようになった。
DVDを見て、酒を飲み話す。何よりも得がたい時間となって俺にしみこんでいく。
こんなふうに側にずっといたいと思った。
心と体のバランスが崩れれば・・・他の誰かを抱けばいい。
この大事なひと時はずっと続くと思っていた。
いや続けさせると、決めていた。
あの日が来るまで・・・。
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