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和泉になんとなく連絡もしにくく、時間だけが流れた。
日常は相変わらず忙しく、それが救いでもあった。思考が交錯し、自分が何をしたいのかわからない。
結局楽な道に逃げるように、刹那的な関係を繰り返しているが、そんな自分にもだんだん嫌気がさしてきている。
沙希とはあれ以来寝ることはなかった。ある種の慰めをお互いに欲していた結果だったから、二度三度と繰り返すことじゃない。ただ以前よりお互いに対して優しくなったとは思う。
打ち合わせで沙希の会社の近くに来たので、昼飯に誘った。
沙希はふっきれたようで明るかった。
「なんか、あんなにお互いに求め合ったのに、すっと波が引くように彼も私も何もなくなったのよね・・・。
今じゃすっかりタダの飲み友達みたいなものよ。」
「そんなことってあるのか?あれから一ヶ月くらいしかたっていないじゃないか。信じられないな。」
あまりにもあっけらかんとしている沙希を前に、この間のお前はなんだったんだよと少し腹が立つ。
「情熱が突然枯れたのよ。なんてね。本当のところはショックを受けた私に彼もショックを受けたのよ。
たぶん・・・そんなところね。結局、無償のただ楽しいだけの関係っていうのはありえないって理解したんだと思う。そしたら肌を重ねる必要が無くなったのよ。だから飲み友達に戻ったの。
でも、それで良かった。あれ以上私じゃない私を自分で知るのは嫌だもの。
よくいる女と一緒だなんて、最悪じゃない?これを教訓に私なりの次回に臨むことにするわ。」
俺はまったく解決できないというのに、沙希はさっさと立ち直り、割り切り、おまけに分析までしている。
正直うらやましい。
「これだから女は怖いんだよ。」
「怖いついでに私なりの『怖い事実』を教えてあげるわ。」
「なんだよ、それ。」
「佐々木と私なら最高のパートナーになれると思ったのよ。
結婚、子育てを二人の共同プロジェクトとしてやり遂げる理想のパ一トナー。
熱情の愛ではなく、同志としての情が絆のね。」
「お前、それ・・・怖すぎだろ。」
しかし、沙希の言わんとしていることはわかる。出来る様な気がするのだ、たぶん沙希となら・・・
「佐々木と私の遺伝子なら、たぶん子供もけっこういいところにいくと思うわ。ふふ。
でもね、あなたは手に入らないものを一生追い続けるんだと思うし、きっと「女」である私はそれを悲しむときがくるのよ。今回のことでわかったわ。やっぱり私は女だってことをね。」
「そうだな・・・」
俺はそれしか言えない。
「それともうひとつ、佐々木とは悪くないけど、あんたと寝るのは欲望が介在しないのよ。
自分で自分を抱いているみたいな気持ちになる・・・。
マスターベーションってことじゃなくて、自分を見て自分を抱いているような錯覚というのかしら。
慰めになったけど、一生続けていかれる触れ合いじゃないわね。」
「お前はすごいな・・・」
沙希は片方の眉だけ動かして先を促す。
「おれは何にも答えをだせずに、ぐるぐる堂々巡りで・・・・」
「それはね、佐々木。あなたは手に入らないと自分であきらめているくせに、全然あきらめていないのよ。
いつか彼と一緒になることをのぞんでいるのにそうじゃないと決め付けているから、心がバラバラになるのよ。何年片思いしてるの?
「10年になろうとし・・・てるな・・・」
「あなたこのままいくと一生幸せになれないわね。そんなに欲しいのなら、あがけばいいじゃない。
それでダメだったら本当の意味で諦めがつくわ。そんな生殺しみたいな状態でこれ以上いても不毛すぎる。同性同士の恋愛自体が不毛だという人もいるけど、私は異性でも同性でも不毛な恋愛関係なんてないと思っている。ただね、何もしないで時間ばかり過ぎていってしまうことの方がよっぽど不毛。
もう高校生じゃないんだから、そろそろ腹をくくったら?」
沙希の言葉は俺の心に突き刺さる。胸のうちに抱えているのも、あふれそうになるものを押さえつけるのも、そろそろ俺は疲れてきている。
「そうなんだろうな・・・。沙希、お前が男だったら俺は間違いなく惚れてたと思う。」
沙希は笑って言った。
「仕事以外で、男だったらな。なんて言われたのは初めてよ。
私は佐々木の味方だし理解者だと思ってる。どうしようもなくなったら、また二人で飲めばいいわ、ね。」
本当に久しぶりに、少し肩が軽くなった気がした。
手に入れるために足掻く・・・。しかし方法もわからず、踏み出すキッカケもなく、和泉に連絡すらできない。
誰にも本気にならず、複数の相手を渡り歩くと周囲から言われる俺だが、こと和泉になると何もできない。
たしかに俺は不毛な時間を過ごしているな。
TVの画面では春めいた九州の映像が流れている。こっちは一番寒い時期で雪祭りが終わったばかりだというのに。春にでもなれば前向きになれそうだが、こう寒くてはな・・・。
本でも読もうかと思い立ったとき電話が鳴った。
和泉だった。
何の準備もなかった俺は、うろたえて通話ボタンを押す。
「あ、和泉?久しぶりだな。」
普段意識しない自分の心臓の動きが克明に見える。
「アキ、あ、あのさ、明日は休み?今は家?」
「あ~休みだし家だけど。」
「これから行ってもいいかな、DVDも持っていくし・・・。いや、あの、予定があるのならいいんだけど・・・」
部屋の時計はまもなく23:00になろうとしている。外は氷点下だからこれから出てくるとなるとよっぽどだろう。地下鉄も残り数本しかない。何かあったのかと聞こうとしたが、それなら会って話すほうがいいと思った。
「地下鉄ギリだけどこれるか?飯は食ったか?」
「お腹は、あ~食べてない・・・。地下鉄は大丈夫だし。いってもいいかな。」
「このまま寝るか何か読むかどうしようかと思ってたとこだったんだ。途中でワイン買ってきてくれよ。」
「うん、わかった。」
「早く家でろ、地下鉄なくなるぞ、じゃな。」
そういって電話を切った俺の手は震えていた。沙希の言ったことが頭をよぎったが、脇にそらせる。
とりあえず和泉に食べさせる料理にとりかかった。
電話があってから40分後、和泉は俺の家にやってきた。
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