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「あんまり急でびっくりしたぞ。」
結局顔をみると嬉しくなる俺は単純だ。
柔らかそうな髪をぐしゃぐしゃにしたくなる衝動を抑える。
「いいにおいがする。」
「お前は最初にここに来た時もそういってたな。」
「コンビにだったから、変なワインだけどいいかな。」
「いいよ、ありがとな。」
コンビニの袋を受け取り、だしておいたスエットを指差す。
和泉は一瞬わからないという顔をしたあと、急に俺の顔を見た。
「なんで?」
「なんでって、この時間でもう帰れないだろ、DVDみるんだろ?楽チンが一番だろう?
着替えろよ。俺のつまみとお前の飯を作るから、あと10分くれ。ワインもあけてくれるとありがたい。」
和泉は心ここにあらずという感じでありがとうと呟き、着替えるために隣の部屋にいった。
どうしたんだろう、様子がおかしい。
「これアキの?」
ソムリエナイフを捜すため、引き出しを引っ掻き回していたところに、隣の部屋から和泉の声が聞こえた。
「俺のだよ。ちょっとデカイだろうけど我慢してくれ。洗濯はしてあるから安心しろ。」
俺以外の誰のがあるっていうんだ。俺は自分の家に付き合った人間をいれることはほとんどないんだと言ったところで、和泉にとってはどうでもいい話だ。人の衣類を置いておくなど考えたこともない。
沙希が来たが・・・。まあ、あいつは別格?だからな。
ブロッコリ一とベ一コンのガ一リックオイルのサラダ、冷蔵庫の中のくず野菜と鶏ささみのパスタをつくる。
クリ一ムチ一ズとクルミでワインにあうディップを加えてテーブルに並べた。
兄貴のいうとおりだ、大皿に盛れば形になる。
着替えて出てきた和泉に声をかける。
「ちょっとでかいけど、大丈夫だな。腹減ってるだろう。食べようぜ。」
俺が声をかけると和泉はペタンと床に座って料理を見ている。
「ん?どうした?」
「アキ、めっちゃうまそう・・・」
いきなりバクバク食べだす和泉をみたら少し心配になってきた。ちゃんと毎日食べてるんだろうか。
そしてだんだん腹がたってくる。和泉の腹をすかすなぞ、彼女の資格はないな・・あの女。
「お前、ちゃんと食べてるのか?」
「うん、ちょっと今日は食べるのわすれちゃって。」
「忘れるなよ・・・。」
何かあったに違いないと確信する。
「なにかあったか?」その一言が言えない。何があったのか知りたいのに、俺のしらない和泉の時間を知りたくない。そんな子供じみた感情にてこずって俺は黙っていた。
「最近仕事がたてこんでいて、けっこういっぱいいっぱいだったんだ。うわ~~ってなりそうだったんだけど、前にアキのところにきたとき、すごく穏やかになれたから、なんかここにこなきゃいけない気がして・・・。会社から戻ったらあんな時間だったから、迷惑だったかな?」
迷惑なわけがないだろう。こんな弱気な和泉は初めてだ。
俺は本心を言った。
「迷惑なときは迷惑だという。久しぶりにお前の顔をみられてうれしいよ。」
和泉は一瞬目の奥を揺らせた。
一瞬勘違いしてしまいそうな目の動きに瞠目する。
冷静さを失いそうだったので、食べ終わった皿を片付けるために立ち上がった。
「僕が洗うよ。」
「いやいい。下げるだけにするから。」
たぶん、俺が見間違っただけだろう。気をとりなおして床にすわり、ワインに手を伸ばす。
「アキ?」
「なんだ?」
「ありがとう、すごく美味しかった。」
また和泉の目の奥が揺れる。
俺はおもわず手を伸ばしてしまった。本当は頬に触れたかったけれど、髪をぐしゃぐしゃにする。
思ったとおりだ、柔らかい・・・。
キスをしながら指を絡めたら・・・
湧き上がる熱い塊を押し殺して「どういたしまして」と笑うのが精一杯だった。
「うん。」
和泉は一瞬なにかいいかけるように口を開いたが、それきり下を向いた。
お願いだからそんな目で俺をみないでくれ。
どこまで自制がきくかわからない。
このままの空気に耐えられそうも無かった。
「遅くなったら寝てしまいそうだからDVDでもみるか。」
和泉に向けた俺の声は少し掠れてしまった。
和泉がト一トをガサガサさせてDVDを差し出す
そしてそれは、またしてもトニ一・レオンの主演作品だった。
「会社の映画好きな子が、このトニ一・レオンはすごいっていうんだよ。何がすごいのか見たくなって。」
「俺のクライアントの女性スタッフが言ってた。このトニ一・レオンには濡れるらしい。」
何気ない一言だったのだが、妙に気まずい雰囲気が流れた。
男同士ならこんな会話普通だろう・・・。男同士であっても俺達は「違う」からか。
また困らせた・・・か。
この場の雰囲気を打ち消すように、DVDをセットしながら言う。
「電気けすぞ。」
「うん、大丈夫。」
色々聞きたいことはあったのだが、映画が始まってしまった。
そして俺はトニ一・レオンに釘づけになってしまう。
互いのパ一トナ一が不倫関係であることから距離を縮めるトニ一・レオンとマギ一・チャン。
上海の喧騒とトニ一・レオンの熱っぽい視線。言葉をかわす以上に饒舌に互いへの想いが視線に漏れる。
みていて苦しかった。俺もこんなだったら、とっくに和泉にばれてしまっているんじゃないのか?
自分を殺してきた10年はなんだったんだ?
身もだえしそうな時間とともに、成就しない恋の映画の幕が下りた・・・
あんなに熱をもって見つめることができるのなら、なぜ一歩が踏み出せなかった?
踏み出して結果がついてこなかったらそれでいいじゃないか!
あんな目で、あんな背中で、あんな指先で饒舌に相手に言葉をつむいでいるというのに!
はたと気がついた。
あそこにいたトニ一・レオンが演じた「チャウ」はまるで俺だった・・・。
目をとじても聞こえる上海の喧騒と二人のつむぐ熱い空気。
映画のもたらす余韻の中で身動きができず、自分の心に秘めた想いが「秘めた」ものであったのか自信がなくなっていた。
和泉がいたことも忘れてしまっていた。
和泉はそんな俺を一瞥して何も言わず勝手に隣の部屋のベッドにもぐりこんだ。
俺はチャウと同じく暗闇の中一人だった・・・
翌朝朝食を食べて和泉は家に帰った。
なぜ和泉がうちに来たのかとうとう聞けずじまいのまま・・・
そして和泉は東京に行ってしまった。
もう3年も音沙汰がない・・・。
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