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旅行編 4 いわゆるラブラブ

 真っ青な空とどこまでも続く水平線に、白い砂浜。じっとしてるだけなのに、背中を汗が流れていくのがわかる。  電車に乗ったところからもう楽しかった。駅までの車の中も見慣れた景色が流れていくだけなのに、どこか違って見えて、輝いていると思えた。お弁当選びも、切符の確認も、全部ずっと楽しくて、長い道のりなのに、まだ一日は始まったばかりなのに、俺も日向も一睡もしなかった。ずっと起きて話していた。 「うわぁ……」  陽差しはやっぱり全然違ってて、こっちは痛いくらいに強くて、眩しい。だから、白い君の肌が日焼けてしまわないかちょっと心配だ。 「日向、先に行って着替えてて」 「あ、うん。でも、一緒に」 「熱いでしょ? ほっぺた赤い。何か飲み物買ってくる。すぐそこだから。中で着替えてて」  旅館へは夕方にチェックインすればいい。だから今日は一日海で過ごす。  飲み物はお茶で平気だと思う。それと、食べ物は……来たばっかだし。朝食は電車の中で済ませたから、お腹はそんなに空いてない、かな? あ、でも、伊都は食いしん坊だから。 「あのぉ、おひとりなんですか?」  振り返ると、海なのにお化粧ばっちりの女の人がふたり、そこに立っていた。 「……違いますけど」  たぶん、いわゆるナンパ。 「えーざんねーん」  まさか、されると思ってなかった。だって、ほら指輪してるから、学校みたいに俺はそういう対象から外れるとそう思ってたんだけど。  日向にしたって、首に指輪してるから大丈夫だって、さっき海の家の中にある更衣室へひとりで行かせちゃったけど。これじゃ。 「伊都」 「あ、日向、よかった」  迎えに行かないといけないかもって思った時だった。探さないとと思った相手がすぐそばに来てくれて、ホッと胸を撫で下ろす。 「なんだぁ。女連れかと思っちゃった。ねぇねぇっ」  でもその女の人は日向を見て、友達と二人で来てるなら、自分たちも二人だからちょうどいいと思ったのか、真っ赤な口紅でニコッと笑ってる。 「すみません。付き合ってる子と来てるから、ごめんなさい」 「え? あのっ」 「行こう。日向」  キュッと握っていた手を包むように掴んで、女の人が何か言ってるのも無視して、海の家の中、更衣室へと向かう。ここなら、男女で別れてるから追いかけてくることはできないだろ。 「先に着替えて待ってようと思ったんだけど、伊都、めちゃくちゃカッコいいから、どっかでナンパされちゃうかもって、思って」 「……」 「慌てて追いかけたんだ。けど、考えたら、男二人じゃ、女の人、諦めてくれないよね」  男友達と二人で海に来ているなら、ちょうどいいって逆にグイグイ来られちゃうかも、なんて言って、日向が苦笑いを零した。更衣室の中は仕切りのついたところが二箇所。そんなの気にしないっていう人は広くなっているスペースの中で普通に着替えていた。俺は手を離さず、奥にある仕切りのついた更衣室の中へと、日向を引っ張り込むようにして素早く入った。 「ちょっ、伊都」  真面目な日向はひとりずつお入りくださいって書かれた張り紙を無視したことに慌ててる。けど、俺はかまうことなく鍵をかけた。 「日向が来なくても断ってたよ」  本当はいけないけど。一人ずつ使うところに二人で入ったらいけないけど。追いかけて守ってくれようとした日向が可愛くて、我慢できなかったんだ。 「ン」  今すぐ、少しでいいから唇に触れたかった。柔らかい日向の唇に。 「別に俺は日向がかまわないのなら、世界中に言いふらしたいんだから」 「伊都……」  ごめんね。場所とかわきまえなくて。びっくり顔でもいい。俺に呆れる顔でもいいよ。笑った顔なら最高だけれど。  君のそういう苦笑いを、寂しそうな顔を、もっと楽しい顔に変えられる男になりたい。 「あのね。俺のことは別に心配しなくて平気だよ。好きな人いるって言って断るし。指輪だって見せびらかしたいし。隠してないの知ってるでしょ? むしろ、日向のほうがずっと危ないから」  ほら、今だって、そうだ。そんなきょとんって顔して。自覚ゼロなんだから。 「綺麗で美少年系でさ」 「は、はい?」 「女子人気どころかこれじゃ男子人気もきっと高いよ。つまり、両方分、全人類対象なんだ」 「……」 「ね? そう考えると日向のほうがずっと危ないし、俺こそ、気が気じゃないんだよ」 「っぷ」  吹き足して笑うことじゃないんだってば。本当に心配してるのに。日向は心配性だなぁなんて呑気にかまえてるんだ。これじゃきっと何回言ったって自己防衛は望めそうにないから。 「もぉ……」  溜め息をついても笑うばかり。短くなった前髪も考えものだ。可愛い笑顔も丸見えで、これじゃ――。 「じゃあ、ずっと一緒にいないと、だね」  これじゃ、ずっと隣で見張ってないといけない。そんなことをお互いに同じように考えてた。  成長真っ盛り。また少し身長の伸びた俺に追いつけるようにと背筋を伸ばして、覗き込むように、今度は日向から唇に触れてくれた。その仕草はまるで猫が甘えて擦り寄ってくるのに似てて、蕩けてしまいそう。 「早く海に入ろう」  着替えを終えて、今、思うこと。 「伊都?」  うん。本当に、ずっと一緒にいないとダメだ。  君の白い肌はこの海辺じゃ眩しすぎる。細くて白くて、可愛くて。まるごと反則みたいな君は本当に全人類から狙われそう。 「ねぇ、早く海に行こう」  シートのところにビーサンをほっぽり出して、熱くて焼けそうな砂浜の上をずんずんと歩いていく。あちこちに敷かれているシートを白い足で踊るように飛び越えて。 「わっ、日向?」  珍しく日向が強引だった。 「……」 「日向?」 「海、入っちゃえば見えなくなるじゃん」 「?」 「伊都の、カッコいい、は、は、裸」  怒ったような、困ったような顔をして、「気をつけてください」と学級委員長みたいな口調で俺を叱って、また、白い砂浜を白い足でピョンピョン飛び跳ねていく。お互いにお互いの肌にドキドキしてる。それがたまらなくくすぐったいから。 「日向!」 「わっ、わ、わ、わ、わっ、ちょっ!」  手を掴み返して、そのまま海までダッシュした。でも、本気で走ると俺のほうが少し早くて、日向が転んでしまいそうになるから。 「わあああっ!」  もう一回グンと手を引っ張って、倒れ込みそうになったところを受け止めた。腕の中で暴れてる君に笑って、君は大慌て。でも、俺はおかまいなしに、君を抱えたまま海へと。 「!」  海へと飛び込んだんだ。その瞬間、あがる水飛沫が強烈な太陽の光に反射してキラキラと、絵の具みたいに真っ青な空に散らばってすごく眩しく綺麗だった。

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