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旅行編 6 壊さないで

 日向に少し似てる。  土地勘があるような感じだから、地元の子なんだろうけど、色が白くて、細い髪は陽に光って茶色く見える。顔の感じも似てるんだ。目鼻立ちが。  きっと、日向に妹がいたらこんな感じなんだろうなぁって。 「え? 高校三年? タメ?」 「うん。三年。今年、就活。タメなの?」 「……う、ん」  びっくりした。俺はてっきり中学生かと。いっても高校一年とか。でも、年下だと思い込んでいたから、同じ歳に驚いた。 「そっかぁ。就職?」  進学だよ、と伝えると、「ふーん」とだけ答えて、水色の石とビーズを繋げたブレスットを手に取った。さっき、俺が指に引っかけて切ってしまったのと似ている色。砂浜じゃなかったら、ビーズと石を集めてまた繋げるだけですんだかもしれないけど。砂の中に埋もれてしまって、探し出せたのはいくつかだけだった。繋げてみても、手首一周分もないと思う。  次に彼女が手に取ったは全く別のオレンジ色をしたビーズのブレスレット。ところどころ貝があしらわれて、夏っぽい感じがした。でも、それもすぐに置いて、今度はサングラスをして振り返って、首を傾げた。 「あのさ」 「おもしろーい。あ、見て見て、カツラ」  彼女が頭にかぶったのは、肩辺りで切りそろえられた黒髪のカツラだった。それ、色が違うだけで、今の君の髪型となんら変わらないよ。そう言ってしまいそうになる。  アクシデントだけれど引っかけて壊したのは事実だから、彼女が案内してくれた雑貨屋を巡ってる。でも、もういい加減にして欲しいと思い始めてた。 「ね、ブレスレット、どれか、決めた?」  ここで三件目。海岸沿いに小さなお店がびっしり並んでいて、どれも若い子が好きそうな感じ。スイーツとか簡単なスナックが売ってるお店や、水着、それに今いるアクセサリーとか雑貨系のお店。デートとかでブラブラしたりもできそうな、こじんまりとしたお店ばかり。 「もー、急かさないでよ」  見た目は日向に似てるけれど、性格は全然違ってる。 「けどっ」 「もう海は潮が満ちてくるから、入ると危ないよー。君、えっと」 「……伊都」 「伊都君! なんかカッコ良い名前! 伊都君、泳ぎ上手そうだけどさ」 「え?」 「あ、ストーカーばりに見てたとかじゃないよ。肩、泳ぐ人の肩してる。あと、背中も。連れの人は泳ぎしないっぽいよね。細いし。すぐに波にさらわれそう」 「ごめん」  日向は外で待ってた。壊してしまったのはこちらが悪いしって、笑ってくれて、時間を彼女に譲ってくれたけど。我慢させてるのは、充分わかってるから。だから、早く終わらせたい。ちゃんと謝るし、弁償はする。でも、これは譲れない。 「そういうの、簡単に言わないでくれるかな」 「……」 「波にさらわれそう、なんて怖いこと、そんな普通に言わないで」  君にしてみたら日常の風景のひとつなのかもしれない。とても身近で、怖さを知った上での発言なのだろうけれど、でも、俺たち家族はその海で大事な人を失くしたから、そんなことを簡単に言わないで欲しいんだ。 「言い方きつくなった……ごめん」  君の機嫌を損ねて、このデートまがいの買い物をこじらせたくはないけれど。どうしても譲れなかった。 「こっちこそ……ごめん、なんか地雷だった?」 「ブレスレットは? もう決まった」 「……ぁ、まだ! まだなの」  首を横に振りながら、黒髪のカツラを棚へと戻した。 「……あのさ。壊したのは悪いと思ってるんだけど、ごめん。そろそろチェックインしないとなんだ」 「わかってるっ! ホテル? 旅館? どこ泊まってるの?」 「……」 「もー変な詮索じゃないってば! 同級生の親がどこかしらの旅館とかで働いてたりするから、割引とかサービスできるかもって思っただけ! 次の場所がお気に入りのアクセショップだから! そこで決める!」  じゃあ、最初からそこに行けばいいのにって、溜め息がどうしても零れた。もしも、次の場所で決まらなかったら、もう一度ちゃんと謝って、お金だけ渡そう。少し多めに渡して、そのまま、これで好きなのを買ってくださいって言って、日向と一緒に帰ろう。  そう決めて、店を出た時だった。 「あ! さっきの」 「!」  海で早々に声をかけてきた女の人と店の中へ入ろうとしたところで、ばったり出くわした。 「何? 伊都君、知り合い」 「あ、いや……」 「なんだぁ、本当に彼女連れだったんだぁ」  大きな声で、彼女じゃないけれど、隣で、急に腕に腕を絡めて抱きついたその子のことをチラッと見下した。でも、この子も気が強いらしくて、フンと鼻先を上に向け、足早に店を出る。 「何今の……ナンパ?」 「あー、まぁ、そう、なるのかな」 「ふーん、伊都君、イケメンだもんね。モテるでしょ? 私、暇だったし、もっと早くに会えてたら、虫除け役してあげられたかもー、なんちゃって」 「……ごめんね。離れてもらっていい?」  ぎゅっと腕に絡み付いていた彼女をそっと引き離すと、距離を取った俺に、目を丸くしてる。俺はそんな彼女から目を逸らして、外で待っている日向を探した。 「俺、好きな子がいるから」 「……」 「日向!」  ここにいたくなかったのかもしれない。外のガードレールの辺りにいるかと思ったら、日向はどこかから店のほうへと歩いてきたところだった。呼ばれて、顔を上げ、視線をこっちへと移す。 「あのさ、悪いんだけど、お金、払うから。もうそれで勘弁してもらえるかな」  きっとイヤな気持ちにさせてる。腕を組んで出てきたところを見られたかもしれない。もしかしたら、昼間に声をかけてきた女の人にばったり会って、この子を彼女だと思って呟いた言葉も聞こえてたかも。けっこう大きな声だったし。  それに君の表情がとても苦しそうだ。そんな顔を見たら、もう――。 「君の買い物にはこれ以上付き合えないよ」  日向を悲しい気持ちさせることは、俺は絶対にしたくないんだ。でも、今、そのしたくないことを俺はしてしまってるから。一番したくないことなのに。 「悪いけど、ここで」 「これ! ……好きだった人にもらったの」 「……」 「先週別れたばっかりで。一緒にここの海でデートしたの。それで、このブレスレット買ってもらった。でも、伊都君みたいに水泳がすごく上手で、水泳で海外に留学しちゃった」  だから、肩を見て、水泳のことを言ってたのか。  きゅっと口を結んで、もう壊れてなくなってしまったビーズのブレスレットがあった手首を自分の手で握ってる。 「ごめんね。いっぱい連れ回して」 「……いや、壊したのは本当に悪いと思ってる。でも、ごめん。これで」  手首を握っていた手の中に、強引にお金を押しつけると、もらえないって、慌てて押し返そうとする。それでも彼女へ強引に押し付けて、別れてしまった彼氏の相手はもうできないって、そう頭を下げて、別れた。 「……伊都」 「ごめん。日向。行こう」 「でも」 「もう、あの子にはお金を渡したから」 「あ、けど」 「いいから」 「ちょっと、待ってて」  もう、充分付き合ったよ。だから、お仕舞いでいいのに、日向が、彼女のところへと駆けていってしまった。そして、何かを話して、彼女も何かを言っている。 「日向?」 「行こう。伊都」  何を話してたのかは聞こえなかった。でも、もうこれ以上、日向に待ちぼうけをさせたくないから、俺は彼女へとは一度も振り返らずに、そのまま旅館へと向かった。

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