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ファイヤーサンダー 4 伊都の足踏み
今日は、インターンのほうがあるって日向は言ってたっけ。そしたら、帰りが十一時くらいかな。明日は……たしか学校って言ってた。課題の提出があるって、先週、頭抱えてた。
そしたら、駅前で待ってみようか。ちょうどの時間帯くらいに、父さんに車借りて、送ってあげたら、日向の帰りが少しでも早くなるだろうし。
「うわぁ……お前、器械体操選手にもなれるんじゃん?」
「……」
顔を上げると同じ学科の奴が目を丸くしてた。
ストレッチをしながら考え込んでた。開脚状態で、額を床にくっつけたまま、フリーズして。
やば。ストレッチは大事だけど、そのままの体勢キープしすぎもあんま良くないのに。秋の大会前に肩を痛めたから、気をつけないと。
「なぁなぁ、お前、彼女とかいるんだっけ?」
「……いるよ。付き合ってる子」
女の子じゃないけれど。
「えー、マジで? うちの大学?」
「違う。同じ高校」
「へー、じゃあ、随分長くね?」
「そう、かもね」
「二年目?」
「いや、もっと」
すげ、そう、そいつが呟いて、隣を陣取りストレッチを開始した。
「ずっと、同じ人?」
変な質問。付き合ってる子がいて、もう高校からずっとって言ったんだから、ずっとだろ?
「?」
「いやぁ、さ、飲み会、お前も来ないかなぁって」
首を傾げると本題なんだろう飲み会の誘いを持ち出した。あぁ、つまりコンパみたいなことか。
「ただの飲み会! 女の子はいるけどさぁ、別にそんなのいたって、あれじゃん?」
「……」
「まぁ、ぶっちゃけ、女子にお前も誘って欲しいって言われたんだけど」
「行かないよ」
男子だけならまだしも。そういう誘いは遠慮なく断るよ。
「女の子、いるんなら、行かない」
「え? お前、すげぇな、貞操っつうの? かったい!」
「付き合ってる子がいるって言っただろ。その子、だけだから」
「えー、マジで? 高校からずっと? まさかその子ひとりだけってことないだろ? お前」
「? そうだけど?」
「へ? ま、マジ?」
マジ、だよ。日向とずっと、一緒にいたいって思ってる。
「もったいねぇ。お前、けっこう人気あんだぜ?」
「もったいなくないし、人気なんてなくて良いよ。好きな子にだけあれば」
「……」
「それじゃ、俺の番だから」
早くその話題から抜け出したくて、まるで魚みたいに少し急いた気持ちで水の中に飛び込んだ。
もったいなくなんてない。関係ない。
そう第三者にはきっぱり言えるくせにな。
もう、あと二週間ないのに、どうすんの? 早く言わないと、それこそダメなことだろ? そうわかってるのに、言えないんだ。嘘なんてこれっぽっちもない、不安も、躊躇いだって、ちっともないのに。
「おー、肩の調子も良さそうだな」
「……あざっす」
「タイムもなかなかなもんだ」
水から出た瞬間、ボタボタと落ちる大きな雫で床の色が変わる。
今日、言ってみよう。帰り、車の中で、日向は疲れてるかもしれないけど、少しだけ話があるって、今夜言ってみよう。そう胸いっぱいに吸い込んだ空気をゆっくり吐き出しながら、目を瞑った。
――お疲れ様。今日、何時くらいになる? 帰り。
そうメッセージを送っておいたのが夕方だった。夜は誰も車を使わないから、借りることができるんだ。それが日向の迎えとなれば、大歓迎で貸してくれる。
――十一時くらいかなぁ。まだわからないけど。スムーズにいってそのくらい。
予想通りだった。そんで今がちょうど十一時。駅前のロータリーの端。ここなら駅から出てきた人も見れるしタクシーの迷惑にはならないから。
――送るよ。今、駅んとこにいる。車借りられたから。
先にこれを送ってしまうと、恐縮させてしまう。絶対にその時間に帰らなくちゃって思わせてしまうから。だから、びっくりするだろうけど、ギリギリ、十一時くらいにそんなメッセージを送った。
接客業は大変だ。飛び込みでどうしてもっていうお客さんもいるだろうし、何かと予定は未定のまま終わってしまうことがある。カットとかじゃなくて掃除洗濯をする新人インターンとなればそれこそ、帰りの時間なんてちっとも読めないだろう。
――いいのに! 伊都だって疲れてるでしょ?
――平気。俺はちっともだよ。
それに荷物が多いんだ。学校の課題だ、教材だ、って、そういうのも持ち歩いてたりするから、あの細腕が負けそうな大荷物になってる時がある。だからさ。
――えっとね。十一時二十三分にそっちに着く電車に乗ってます。
――かしこまりました。
なんか変にかしこまったメッセージが返って来たから遊びで俺もかしこまった挨拶を返した。
――ありがとうございます。
あ、まだ続ける気? それじゃあ。
――どういたしまして。
どうするかな。ここで終わりにする?
――恐縮です。
あ、そう来たのか。そしたら、うーん。
――とんでもございません。
もうこの辺に来たら迎えがどうとか、到着時間がどうとか関係なくて、お互いにそれらしい硬い敬語の挨拶を並べて、何となくの言葉遊びをしてるだけ。でも、それが妙にくすぐったくて、ひとりの車内で緩んだ笑顔になりながら続けてた。
駅前だからって、ロータリーの端だから、そう煌々と明るいわけじゃない。スマホの明かりでぼんやり照らされた笑い顔はちょっとホラーっぽいかもしれないけれど。
こういうの、好きなんだ。日向とする他愛のない会話。
高校の頃はよくやってたっけ。
――どうか、ご無理なさいませんように。
おー、さすが、半分社会人。まだ続けてきた。
そうだな。今度はなんて返そうかな。そう考えあぐねている時、そろそろ日向を乗せた電車が着く時間になった。
外に出て待ってよう。荷物が多かったらすぐに持てるように。
「あれ? 佐伯?」
車を降りて、駅のほうへと歩いていたところで、呼び止められた。昼間、話かけてきた同じ大学の奴が、少しふらつく楽しげな足取りで、俺も同じ学科の奴と並んでいた。
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