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ファイヤーサンダー 8 ここに君がいる

「俺ね……頑張らないとって、思ったんだ」  電車に揺られながら、日向がそうぽつりと呟いた。  君のいる右側がとても重くて、窮屈で、俺は嬉しかったんだ。ちょうど運良く空いていた端の席。衝立があるからそこに寄りかかれるけれど、日向はその衝立じゃなくて、俺に、寄りかかってくれたから。  全部を俺に預けてくれたから。 「伊都みたいになりたくて」  俺は、君ほど強くもカッコ良くもないよ。 「伊都だったら、絶対に笑って、少しも疲れたところなんて見せないぞって、俺も踏ん張りたかったんだけど」 「……」 「ごめんね?」  小さな頭を肩に乗っけて、ふわりとした声がそう謝った。苦しそうじゃなくて、搾り出すような感じでもなく、ふわりと寝言みたいに。ガタンゴトンと揺れる電車は少しだけ騒々しくて君のその声を掻き消してしまいそうだから、重くならない程度に耳をじんわりあったかい右側へと傾ける。 「この前の車の中でさ、日向はなんて言いかけたの? 俺のことって……って」  ――けど、今度は男だけの飲み会って言ってた。  ――うん。行けたらね。  ――俺、伊都のことっ。 「あぁ」  不貞腐れたような態度の俺に怒った? それとも呆れた? バカだと、思った? 「伊都のこと、守りたいんだ、って言おうと思った」 「……」 「それどころか心配ばっかりかけてるけど」  クスッと苦笑いを零して、肩に頭を押しつける。 「俺も、男だし、好きな人のこと守りたいって思ったんだけど、全然。伊都には敵わない」 「……」 「そのうち呆れられそうだよ」  身じろぐ日向に水を飲むのか尋ねると、小さく頷いた。脱水症状にならないように、身体が弱ってるだろうから、少しずつ一口くらいずつ飲んでと手渡した。 「俺こそ、呆れられそうだ」 「? 俺が? 伊都を?」  びっくりした顔をする元気も戻ってきたみたいだ。 「日向にばっかり負担をかけてる」 「……」 「学校行って、仕事して。けど、その仕事があんなに遠い場所なのは俺のせいだ。有給のインターンにしたのもそう」 「……」 「自分が不甲斐なくて仕方なかった」  自分が代われるならってすごい思ったよ。君よりずっと頑丈な身体の俺ならいくらでも無理が利くのにって。そして一番溜め息ものだったのは、身体ばっかり頑丈で、気持ちの面では日向のほうが数段成熟してる。大人の考え方ができる。  それなのに、俺は、あの車の中、自分の知らない世界にいる日向を実感して、その知らない場所に知らない人がいるってことに嫉妬して、あんな態度を取ってしまった。 「なんか、すごい大人っぽくなったっていうかさ、俺は置いてかれてるって……いうか」  言いながらも情けないなぁって思うけど、でも背伸びなんて必要ないから。 「伊都も、そういうの、思うの?」 「……思うよ。そりゃ」  ちょっと照れ笑いになった。そうなんだ。ちっとも、背伸びなんて、しなくてよかったんだ。 「……そっか」 「日向?」 「ごめん。なんか、俺と同じこと、思ってたんだぁって」  今度は日向が照れ笑いを零して、そして、ゆっくり目を閉じる。 「日向?」  肩口に頭を預けていた日向は俺の手を掴んで、手繋ぎに変えて、そしてまた目を閉じる。 「俺も置いてけぼりって感じちゃったんだ」 「……」 「それで、この前、せっかく迎えに来てくれたのに不貞腐れた」  大学の友だちは高校の友だちとも、専門の忙しいインターンラッシュの学生とも違ってた。頭良さそうだなぁって思えたし、体育大だからなのかガタイも良くて、強そうで、自分とは比べられないくらいに違っていた。比べられたら、横に並んだら、笑ってしまうくらいに細くて非力。  少し、恥ずかしいとも思ってしまった――そう言って、また目を閉じる。 「……ごめんね」 「俺こそっ」 「すごい反省した。反省したけど、あまりにガキっぽくて、自分が思い描いていた社会人からかけ離れすぎてて、落ち込んでた」  それでへこんで、弱って、風邪引いてたらもっとダメなのにね、そう、君は自分自身に溜め息を吐く。 「そんなことっ」 「……」 「ないよ」  君はとても強くて、俺はたまに敵わない。力じゃなくて、心がとても強いんだ。  ごめんねなんて謝る必要はどこにもない。俺たちの将来のためって頑張ってるのに、君ばかりがしんどいことにジレンマ感じて、ジタバタして、焦る子どもみたいな俺になんて。ごめんなんて言わないでいいよ。君に謝られるようなことはひとつもされていないから。 「あとね……ありがと」  ごめんなんてさ。 「日向……」 「さっき、手当てしてくれたの、嬉しかった」 「え、そんなの。当たり前」 「汚く……」 「なかったよっ!」  少し大きい声になった。前の席の女性がスマホから視線を外し、こっちをちらっと伺った。 「うん。そう思って、くれたの、すごく嬉しかったんだ」 「……」 「さすが、未来の水難救助隊! って思ったよ」  君は真っ白な雪のような肌をしているのに、笑った顔は太陽みたいにぽかぽかしてる。そんな君がずっと、ずーっと、高校の時から好きなんだ。 「ありがとう。伊都」  これからもずっと、カッコよくて可愛い君がずっと、好きだ。だからさ――。 「日向……あのさ」  だから、君に話したいことがあるんだ。とても大事なこと。とても大切な、これからのこと。 「あのさ……」  ずっとビビって言えなかったけど、君の心臓に、俺の指で光り輝くリングと同じものがあるから、勇気を出そう。君を守れるヒーローになりたいから、こそ。

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