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バレンタインSS 4 君にすごくすごーく、会いたい
お互いに無理せず、でも、頑張ろう。今、そうすることがこれからの二人のためにとても大事な時期だと思う。
もうそろそろ帰るかな。
スマホの時計を見て、書きかけのレポートをしまった。
「……はぁ」
いや、普通につまんないよ。電話じゃなくて会いたいよ。そりゃ。
「よっこいしょ」
ずっと考えてるし、思い出すし、恋しいし。
「……」
大学の周りはあんまり人通りが激しくない。駅から近いけど、南口側にあるからそんなに栄えてないんだ。反対側の駅前は何でも揃うくらいに活気づいてるけど。角を曲がると、この前皆で行った大食いラーメン屋があった。
日向、誘ったら来るかな。けど、もう二月の予定埋まってそうだ。
「……」
溜め息混じりの吐息が、まだまだ寒さが厳しい夜の空気をふわりと白くした。今日は一団と寒い気がする。吐く息が、ほら、すごい真っ白になる。
ここまで白いと、日向は可愛いから、自分の吐く息の白さを確かめたくて、何度も「はー」って、できるだけ白い息を吐こうとするんだ。高校生だった俺は、その唇とか見つめてドキドキしちゃってたっけ。
「……はー」
白い息は君のことを思い出させる。
あと少ししたらさ。三月になったら、もっと忙しくなる。引越しもあるからさ。そしたら、俺の出番じゃん。一人暮らし用のもの、今って家電屋で一式になって売ってるんだって。一緒に探すから、三月はきっともっとたくさん会える。四月になったら新生活が始まった日向のところに俺が通える。そしたら、こんなもどかしさももうない。
今だけだ。
会いたくて切ないとかさ、今のうちだけだから、堪能しとけよ、俺。
「伊都!」
そのうち、たっぷり一緒にいられるから。
「……平原?」
「よぉ」
駅へと向かう途中の道、もうすぐそこが駅のロータリーってところで、突然呼び止められてびっくりした。
そこにいたのは飲みにいったはずの平原だった。何してんのって訊くと言いにくそうに、俯きながら、ふんわりとした返事を返す。ずっと待ってた、なんてことはないだろうけど、でも、寒そうにポケットに手を突っ込んで肩を竦めた。
「課題やるっつってたろ?」
「? うん」
「……」
そうだけど。それが終わる頃に飲んでるのをやめて、何してんの?
「今日の飲み会、別の学科の女の子がさ、合流したんだ」
「へぇ」
「だから、お前いたら、あれだったなーって」
「……まぁ」
そうだな。そしたら帰ってた、かな。
「その女の子のうちの一人がさ、お前のこと、気になってるっつってて」
「……うん」
「彼女いるよーって教えた」
「……ありがと」
素直にお礼を言うと、不器用な感じに「おう」と返ってくる。けっこうノリのいい、話すのとかも上手くて、俺はそういうのが父に似て苦手なほうだから、すごいなぁと思っていた。そんな平原が珍しく、言葉もなくただ足元の石ころを蹴っている。
「けど、諦めないかもよ」
「そう?」
「すっげえええ、可愛い子だった! アイドルにいそう! で、さっきまで一緒に飲んでたんだけど、感じのいい子だった。話すの楽しいし、性格もいい感じだった」
「そう?」
「すげぇ可愛い子だった!」
「それ、さっきも言った。相当酔ってるんだろ」
水、飲んだほうがいいんじゃないか? 駅前行けばコンビニあるし。
「酔ってねぇよ! つうかさ! 可愛かったんだって」
「うん。三回目」
「そっちでもよくね? お前、全然会えてないっぽいじゃん! なんでそこまで律儀になれんの? 窮屈じゃね? 束縛うざくね? なんでそんな」
「……日向?」
「え? 誰?」
白い肌、薄いピンク色をした頬、色素の薄い、細く柔らかな髪、それと、柔らかい唇から零れる吐息は真っ白で。まるで、空気の中に花が咲くみたい。
「日向!」
夏も春も、秋だって、君は可愛くて大好きだけれど、冬の君は、格別綺麗だと、俺は、思うんだ。
「日向! な、どうしてっ」
「……ごめんっ、あの」
「サロンのほうは? えっと、なんで? 電話してくれればよかったのに。まさか、待ってた?」
「ううん。今、今来たとこ」
冬の君はまるで幻なんじゃないかと思うほど、綺麗なんだ。
「えっと、サロンのほうは今日は定日っていうか、曜日的に行く日だったんだけど、そう忙しくないから、その」
「寒くない? っつうか、今日冷えてる気がするから。とりあえず、これ、俺のマフラー」
「へ、平気! 今来たとこだってば! 電車の中、すごい暑かったから、むしろ涼しい」
「それ、ダメじゃん、。汗かいたら」
「平気っ、あのっ、それより、友だち」
いいの? 何か話してたけど、って日向が指差した先には平原がいた。ポカンとこっちを眺めて、そして、笑った。
「すんませーん。あの、俺、伊都と同じ大学の平原っていいます」
「ど、どうも」
「そんじゃな、伊都、えっと……」
「あ、日向、です。白崎日向」
「……白崎さん」
平原が名前を呼ぶと、「はい」と返事をして日向が頭を下げた。
「そんじゃ、俺、飲み会戻るわ」
「あ、えっ! あの、伊都を迎えに?」
「あー、違うんすよ。忘れ物があって。で、ちょうどそこで会っただけなんで」
「でもっ」
今日は飲み放題コースにしちゃったから、こいつ、いても邪魔なんすよって笑ってた。笑って、そして、俺の肩をやんわりと拳で叩く。
「伊都」
「?」
「そんじゃぁな」
肩をトンとノックするように叩いて、平原はまた寒そうにポケットに手を突っ込んで帰っていった。
「……いいの? あの、飲み会」
「いいわけないじゃん」
「え! じゃあ、今から、さっきの、平原君とっ」
「日向が会いたいって思って、ここまで来てくれたのに、待たせてたなんて、いいわけ、ないじゃん」
冬の君はとても綺麗で幻のようだから。
「すごい、日向に、会いたかった」
「……」
会いたい、会いたい、会いたいってずっと思ってたから、本当に幻なのかもしれないと。
「俺も、伊都に、ね、すごく会いたかったんだ」
本物なのか確かめたくて、ぎゅっと強く引き寄せて、抱き締めた。
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