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バレンタインSS 5 会いたかったんだ

「案外広いね。もっとぎゅうぎゅうしてるのかと思った。むしろさ、どうやってベッドを部屋に入れたんだろうってくらいに狭いのかと」 「……」 「ビジネス、しないけど、使って平気なのかな」  俺の胸の中で、少し楽しそうに、そんな子どもっぽいことを日向が呟いた。 「伊都……伊都の匂い」 「あ、ごめ、臭くない?」 「んーん、臭くないよ。大好き」  たったその一言で君が抱きついてくれる胸のところが締め付けられるんだ。恋しいって、心臓のところがうるさいくらいに騒ぎ立てる。  日向の手がぎゅっと背中にしがみつく。そして、頭を、イヤイヤをする子どもみたいに俺の胸に擦り付けてくる。日向がまた細くなってやしないか、無理しすぎて痩せてしまったりしてないかって、思ったけれど、背中に回された手は強く、しっかりとしがみついてくれた。 「……飲み会、行ってもよかったのに」 「いいよ。課題、本当にあったし。それに、女の子もいたし」 「……いいのに……そういうの気にしてないよ。って、こんなにしがみついて言われても、だよね」  ――なんでそこまで律儀になれんの? 窮屈じゃね? 束縛うざくね? 「別に、浮気を疑われないように、とか、余所見しないっていう意志表示のために、女の子避けてるわけじゃないよ」 「……」 「女の子ってさ、俺より細い子多いでしょ?」 「……」 「日向は女の子じゃないけど、思い出しちゃうんだ」  女の子扱いはしてないよ。俺は日向として、君のことを好きだから。それでも、平原もそうだけど、ほかの奴らも、柔道何段、水泳二キロ余裕です、バーベルなら何十キロまで全然ばっちりっす、みたいな男子とは全くの別物でさ。だから、平気なんだけど。女の子は、君を思い出させる。  最初は、そういうの、浮気とか余所見とか、そういうことで心配させたくなくて、避けてたけど、最近はそれよりも、話していると、君を想って、恋しさばっか募るから。 「俺が女の子がいる飲み会行ってもいいの?」 「…………いいけど……やだ」  君は抱きついたまま顔をこっちに上げて見せてくれないから、今どんな表情をしているのか読み取れない。でも、耳が、抱き締めると露になるうなじが、真っ赤だった。 「だって、伊都、モテるから」 「モテないよ」 「……伊都が知らないだけだよ」 「うーん」  知らない、わけじゃない、かな。さっき、平原が言ってたから。 「なっ! なんでそこで唸るんだよ!」  腕の中、潜り込むように顔を隠してた君が、慌てて顔を上げた。スポンって飛び出すように、懐から顔を上げると、頬が真っ赤に染まっていた。 「な、なんか、あっ……た?」  ないよ。もしも、誰かが気になると想ってくれても、実際の俺を知ったら、呆れちゃうと思う。  ねぇ、頬真っ赤だね。真っ赤な林檎みたいに赤い。齧ったら、きっと――。 「ちょ、なんで、笑ってるの? ねぇ、伊っ……ン」  だって、好きな子のことを思いながら寝て、夢精する、まるで思春期みたいな二十歳ってさ、どうなんだろ。笑っちゃうでしょ? 「ン、ぁ、ふっ……ン、ん」  その真っ赤な頬を両手で包んで、舌を柔らかい唇の隙間に差し込んだ。くちゅり、と甘い音が触れ合った舌の上で鳴って、ビジネスをするための部屋にやらしく響く。 「俺なんて、普通にダサいよ」 「ダサくなんて、ない」  ホントダサいんだ。今、君をこうして抱き締めてるだけでもどうにかなっちゃいそうなくらいテンションが高い。 「あっ……ン、伊都っ」  君のその甘い声を何度も思い出した。ずっと君のことを考えてた。勉強しなくちゃいけないのに、君の指先が綴る文字の形、勉強中の伏せた角度の君の横顔、独り言を呟く声、髪をかき上げる仕草。  ずっとずっと。 「日向……」 「う、んっ」  キスをしながらベッドに日向を寝かせて、先に自分の邪魔な服を脱いでしまおうと上体を起こした。ベッドの上に膝立ちになって。裸になると日向が眩しそうに目を細め指先で俺の腹のところをくすぐる。 「伊都、カッコいい」  暴走しちゃいそうなくらい。 「カッコ悪いよ」 「そんなこと」 「日向のエッチなとこ想像しては一人墓穴掘るような、ダサい男だよ」 「え、ぉ、俺の? 墓穴って、……っ」  にこって笑って、キスで、それ以上の追求を免れようと誤魔化した。 「あっ!」  半裸で覆いかぶさって、その白いうなじにキスをする。甘い声に痛いくらいに身体が反応して、ギシギシって、高熱の時みたいに熱が内側で暴れて軋むんだ。早く早くって、妄想で何度も抱き合った君のことを早く欲しいって。 「日向」 「ぁ……ン」  だって、本物の君の声は頭の中で何度も思い出した声の何十倍も甘いんだ。 「あ、やぁっ……ン、伊都っ」  知らないベッドの上、肌にキスをするたび、君が身を捩って気持ち良さそうに溜め息を零す。 「あっン、ダメ、伊都」 「日向」 「あンっ」  服の中に手を入れてツンと芯のある乳首を摘むと、もっと高い声が短く可愛く啼いた。 「あ、ぁっ……伊都、伊都っ」  がぶっ、ってうなじに噛み付きながら、君の服を脱がせてしまう。シャツにカーディガン、それと黒いパンツと、あと。 「あ、伊都……」  あと下着、指で引っ張ってあげると、自然と腰を浮かせて、下着ごとズボンを脱がす手伝いをしてくれる。 「待ってて、ローション……」 「う、ん」 「久しぶりだから」 「っ」  するのは、本当に久しぶりだから。成人式の日は会っただけ。むしろ、会っただけで食事してバイバイとかのほうが多くて。こうして抱き合うのはかなり間が空いてる。  日向が真っ赤になって俯いた。でも、ベッドの上、仰向けだからその表情は丸見えなんだけど。その顔が可愛くて、今、ここに来る途中で買ったローションの封を開けながら、その真っ赤な頬にキスをした。 「ほっぺた、熱い」 「……ん」  そして、今度は唇にキスをした。 「ね、あの、伊都」 「うん?」 「平気、だよ」 「?」 「あの、久しぶりだけど、でも……」  封を開けたばかりのローションを指先に垂らしたら、その手を日向の手が掴んで引き寄せる。 「平気……ぁ」  難なく飲み込まれた指先。 「日向?」  熱くて、きついけれど、でも、そこに指がちゃんと。 「伊都、だけじゃないよ。俺も、だもん」 「ひな……」 「伊都のこと、考えながら、してた」 「……」 「エッチな伊都を想像しながら、自分でしてた……から、ここ、たくさんほぐさなくて」  平気だよ。  そう言いながら、俺の指に気持ち良さそうに感じて薄く開いた唇が、柔く、そっと、俺の唇を啄ばんだ。

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