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一人暮らし初夜編 3 今夜の晩御飯は
新品の炊飯ジャーが今、きっとスーパーマーケットに向かった主のために美味しいご飯をグツグツ炊いてる。
「んー……何にしようかなぁ、ね、伊都……」
おかずは、さ。
「ねぇ、日向、おかず、お惣菜じゃなくてさ」
これ、すっごい重宝するんだ。パッとできて、野菜たっぷりで。
「これ、にしよ?」
料理の手間が省けて大助かり。
「野菜炒め、このカット野菜あればあとお肉買えばいいだけだしさ」
赤い糸。
「うちのお父さんと睦月が初めて一緒に食べたご飯なんだ」
俺もよく覚えてる。すごく忙しそうだったお父さんとコンビニに寄ったんだ。仕事の帰り、俺を迎えに来たお父さんと一緒に。そしたら、隣から同じ野菜を取ろうとした人がいた。
俺は泳げなくて、お父さんはお母さんを連れて行った海が、水が怖くて、泳ぎを教えられないから、スイミングに通うことにして。そこのコーチがすごく優しかった。カッコよくて、ヒーローみたいだ! って、思った。
その人が、ちょうど同じカット野菜を取ろうとして、手が触れた。
その人が睦月だった。
そんで、くっついたんだ。赤い糸がきっとあの時、ちょこんって触れた指先の先のとこでくっついて、繋がった。
「今日の晩御飯、これにしよ?」
「……うん」
日向に提案したら、ふわりと、周りに花びらが舞いそうなふわりとした顔で笑って首を傾げた。
君がよくする仕草。
「うん。野菜炒めにしよう」
これは、大変だ。
「……ヤバ」
「伊都? どうかした?」
緊急事態だよ。
「伊都?」
「……めちゃくちゃ可愛い」
「……」
「……めっちゃ、可愛くて、どうしようかと思った」
そんな真っ赤にならないでよ。君が可愛いのはいつものことなんだ。ただ、それが、なんだかとってもとっても今日は、やばいレベルに到達してたから、今ここで鼻血でちゃいそうだっただけ。けど、大丈夫。思わず口元を押さえた手には鼻血ついてなかったからさ。
「まっ、またまたぁ」
「そうそう、またいつもどおりに可愛かった」
「そ! そういう意味じゃなくて」
さぁ、デートの続きをしよう。
野菜コーナーを過ぎたらお肉コーナー。お肉は安いこまぎれで。あ、あと、調味料の類も必要だよね。調理器具は持ってきたけど、調味料はまだわからないから買ってなかったんだ。それと――。
「あ、コンポタ。明日の朝一緒に飲もう? 日向好きでしょ?」
冗談半分。君と初めてコンビニで買い物した時に、喉が渇いたと買ったのはコンポタだったから。君はそんな俺の悪戯をわかってて、少し頬を膨らました。もう、って怒って、けど、そのコンポタを買い物カゴへと入れて。
あとは何かあるかなぁって、スーパーマーケットの中をぐるりと見渡した。
「お魚とか、今度買おうね。海沿いだからやっぱ、スーパーのお魚も美味しいのかなぁ」
今日は野菜炒めだから。その次ね。
「あとさ、牛乳とかも」
「伊都」
「んー? あ、日向、デザート食べる?」
テキパキしないと、だよね。日向、お腹空いたでしょ? 君はとってもたくさん食べるから。パクパク、たくさん食べる君はとっても可愛いから。
「嬉しい」
「……」
「ずっと、こういうの、伊都としたくて、毎日頑張ってたから」
「……」
「すごいなぁって、思った。本当に伊都とスーパーマーケットで買い物してるって」
「……」
頬を染めた君は最強なんだ。
プリンアラモードか、チョコパフェにしよう? 飛び切り甘くて、ここのスーパーマーケットで一番豪勢なの。だって、デートでそういうの食べるじゃん。
「え! いいよ。太っちゃったらやだし」
「大丈夫、日向は」
「最近、食べすぎな気もするんだ」
「日向は太ってても可愛いよ」
君の笑顔が見たいんだ。
「もお!」
「日向、怒ってる?」
「怒ってないっ」
「怒ってるじゃん」
「だって、太っててもってことは、太ったんでしょ?」
「太ってないってば。たとえ太ったとしても可愛いってことだよ」
膨らませた頬を指でつついたら、それこそ怒られるかな。だって、そんなの気にしてるって可愛いでしょ? 突付きたくもなるよ。
「……伊都がいけないんだ」
「え? 俺?」
今度はエコバックも買わなくちゃ。あそこのスーパーマーケットはマイバック持参だとスタンプ押してくれるみたいだから。それを貯めて少しでもお得に買い物できるようにしなくっちゃ。
「伊都が、俺の食べてるとこ、すごい嬉しそうに見るから、なんか、なんか」
「えー、だってさぁ」
「なんかっ」
「日向めちゃくちゃ可愛いんだもん」
「んもー!」
真っ赤な君が夜道で暴れてるのすら可愛いよ。歩いてたったの五分。もうさっき角を曲がった辺りで波の音は消えてしまった。けれど、やっぱり潮混じりで風が湿気てる。
「今日の伊都、なんか……」
「デレてる?」
そりゃ、デレるでしょ。
「だって、さ」
野菜炒めを食べるんだ。カット野菜とお肉をフライパンへ投入。調味料は鶏がらスープに塩コショウ。うちは醤油とソースを入れる。日向のうちは醤油だけ。どっちでもいいよ、どっちでも絶対に美味しいから。
それを二人で小さなテーブルを囲んで食べる。
「だって、すっごい楽しみにしたから」
今日の俺はちょっと浮かれてて、デレデレで。
今日の日向は――。
「伊都と、手、繋ぎたい」
今日の君は、ちょっと怒りんぼで、あと、危険レベルで可愛い。
「絶対だよ」
「? 日向?」
「俺が太っても好きでいてね」
「もちろん」
そして、今夜の月は、ふくれっ面の君に似て、まん丸だった。
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