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一人暮らし初夜編 4 男子だし

 野菜炒め、お父さんが作るのと味が違ってたのなんでだろう。同じ調味料だったんだけどなぁ。  でも、これは俺ら味の野菜炒め。  美味しくて、君はやっぱりパクパクって、嬉しそうに頬張るから見てるだけで嬉しくなるんだ。  デザートは一番いろんなのが乗ってたプリンアラモードにした。大丈夫太らないってば。それに太ってても俺は……けど、これは言うと怒られるんだった。じゃあこうしておこう、。大丈夫。今日は引越しでたくさん身体を動かしたから大丈夫。  お風呂は順番こ。俺が食器を洗ってる間に君が入っておきなよ。疲れたでしょ?   で、ポカポカにあったまってお風呂上がった頃にちょうど、君が一緒に見たいって言ってくれた水難救助のドキュメントが始まるから。  それを見て、それから――。 「……ん」  それから――。 「!」  飛び起きた。 「あ、ごめん。起こしちゃった?」 「……」 「まだ十二時だよ」 「…………えっ!」 「え? あ、もしかして帰らないと、だった? 着替え持ってきてたし、泊まってくんだと……その、思ってたっ、ごめん。電車、もう」  俺が慌てて、君も慌ててた。  俺がびっくりしたのを見て、帰るつもりだったんだと勘違いして、電車はないけど始発ならって、スマホで乗り換え案内を。 「いや、帰らないけど、っていうか、十二時?」 「うん」  寝ちゃってた。水難救助のドキュメントを見てた途中からたしかに覚えてない。二時間くらい、寝てた。 「本当に平気? その、明日まで、とか。あ、ドキュメント再放送あるみたいだから起こさなかったんだ。うち録画できるの買ってないから起こそうかなって思ったんだけど」  優しい声。さっきデートの帰り道では怒っていたのに、居眠りをしたことにはこれっぽっちも怒らない優しい君の、優しい声。 「疲れたでしょ? たっくさん、重いの運んでもらったもん」  君は穏やかに笑ってくれるけれど、俺は自分が腹立たしいよ。  だって君の新しい暮らしの一日目だよ? それなのに。これこそまさに「もぉ」だ。頭を抱え込んじゃうくらいに、「もぉ、何やってんだ」だよ。 「もう、寝る? 俺、まだ起きてようかなぁって思うから……あれだね、こういう時、ワンルームはちょっと不便かもね」 「んーん、寝ないよ。何か日向はやることあるとか?」  今朝寝坊したのに。あんなに寝ておいて、それでまた寝てたって、どんだけ寝るんだろう、俺。もうそこまで育たないでしょ。二十歳になって寝る子は育つは通用しないから。ただのぐーたらだ。  起きたはいいけどさ。  起きたけどさ。 「何か荷解きしてないのあったっけ?」  起きて、すぐ、とか、ムードも何もないし。最初の夜、いや、最初でも普段でも、ダメでしょ。その、さ。  そういうの……する、とかさ。 「手伝うよ。手伝えることなら」  そういうのが目的、ってわけじゃない。  けど、そういうの、したくない、わけでもない。 「日向も疲れたでしょ? ぁ、って言うかさ、俺、ベッド占領してたよねっごめん」  したいよ。だから、すごい考えてた。今日、こっちに来る用意をしながら考えた。着替えを鞄に突っ込んで、汗かくかもしれないとか独り言の言い訳を呟きながら、頭の中はそのことばっかりでもないけど、けっこうたくさん考えてた。  玲緒は泊まらないって言ってたから、夜二人っきりになったら。ご飯は食べてからにしよう。シャワーは、別に日向はいいけど、俺が汗臭いだろうからシャワーも浴びて、ゆっくりテレビを見ながら、君にキスをしよう。  引っ越しで疲れちゃうかもしれない。  じゃあ、俺が引越し頑張ろう。君が疲れてしまわないように。  君が眠くなってしまわないように。  無理なんてさせたくない。どうしても今夜じゃなくちゃいけないわけでもない。でも、やっぱり期待は、してるんだ。 「俺、まだ……寝ないよ。伊都」  君と抱き合えるかなって。 「まだ……」  ずっと、楽しみにしてたから。ダサいけど、なんか、性欲むき出しっぽくて、君は引くかもしれないけど、親とか気にしないで、君のことだけを思って丁寧にすごくたくさん、したいなぁって思ってたから。 「伊都は……も、寝ちゃう?」  そんな愛しい君が俺の手に触れた。指先をぎゅっと握って、俯きがちにポツリと呟く。  もう寝てしまうのかって。  その問いに胸が高鳴る。期待に膨らんで破裂しそうなくらいだった胸のところが、大変だ。爆発してしまうかも。  だって、君が寝ないって、可愛い顔で言うんだ。 「疲れてる、よね」 「……」 「たくさん荷物運んでもらったし。ご飯作ったり、とか、お風呂も入って、眠い、よね」 「……」 「けど、もしも、まだ起きてられる、なら」  君が小さい声で、そっと囁いて、指先で甘えてくれる。 「その……」  ねぇ、そんなの、たまらないよ。 「日向」 「あのっ、眠いよね。あ、えっと」 「キスしてもいい?」  どうしよう。すごいにやけて格好悪いよね。 「伊……っ、ん」  まるで、そういうことをしたいばっかの男子みたい。 「ンっ、ん……ン」  けど、したいばっかの男子なんだ。 「ん、伊都」 「やっぱ、可愛いすぎるよ」 「……伊都?」  好きな子が一人暮らしを始めた。そこは俺が二年後に住みたいと思ってる場所だった。 「日向……」 「ぁっ」  その好きな子の一人暮らし初日。今まではどっちも実家住まいで、親がいて、デートは基本外食デート。食べたり話したり、ちょっとだけキスをしたり。したいよ。すっごくしたいけど、でも大事な子だから、そういうのも大事にしててさ。親がいない時とか、お互いに真っ赤になりながら誘うんだ。  ――今日、うちに来ませんか?  って、誘ってた。 「ぁ、伊都っ」  でも、今日から君は一人暮らし。  俺は聖人君子じゃない。したいよ、そりゃ。好きな子だもん。 「日向」  好きな子と、セックス、したいに決ってる。

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