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クリスマス編 1 沈黙の君
美容師の仕事はきつい。忙しいし、ちょっとお給料は安めだし、その割りに帰りは遅いし、家に帰っても新人だと課題があったりする。昇級試験もあるし、その試験のために勉強を日々しないといけないし、観察力は必要で、それで流行り廃りにも敏感じゃないといけなくて、ってさ。どの仕事も大変だけれど、とにかくとっても大変なんだ。
たまに、ちょっとだけ、ほんのちょびっとだけ、なんというかさ。疎ましいと思ったことがない……わけでもない。
そりゃ、そうなっちゃうでしょ? 会えないなんてザラだった。声だけしか聞けない、だけならまだマシってこともあるくらい。電話すらできないくらいに忙しかったり、ヘトヘトだったり。
でも、今は、美容師っていうお仕事すっごいありがとう、なんてげんきんなことを思ったり。
「お疲れ様でしたー。お先に失礼します」
ずっとずっと。
一ヶ月半前の日向が仕事先にシフトを提出する辺りからずっとずっと楽しみにしてたんだ。
美容師さんの勤め先、つまりはサロンとかさ、美容院とかってさ、火曜が定休日だから。
ねぇ、サンタさん、ありがとう。
「……伊都」
本当に、本当にありがとう。
「……お疲れ、日向」
美容院を日本共通で火曜日休みにしてくれて、すっごい、ありがとう。
「終わったよー」
君がふわりと笑って首を傾げて、めちゃくちゃ嬉しそうに弾んだ声で呟いた。
「うん」
俺がそう答えるとまた笑って、君の口元にふわりと白い綿飴ができあがる。
「えへへ」
君の吐息でできた白い綿飴が、ほら、また一つ。笑う度にできて、ほわりと溶けて。
「帰ろっか」
「うん」
また、一つふわりと出来上がった。
今日は冷えるでしょう。十二月一番の寒さとなり、所によっては雪がちらつくこともあるかもしれません。ホワイトクリスマスとなる可能性も。ただ、積雪が予想される地域などでは交通網などの乱れが発生する可能性もありますので、交通情報には充分お気をつけください――なんだそうですよ?
「……やっぱり、つかないね。日向」
「……うん」
「……うんともすんとも」
「……すん?」
いや、すごくすっごく可愛かったけれど、日向が言うんじゃなくてさ。反応して欲しいのは日向じゃなくてエアコンのほう。
「……どう、しよっか」
「……うん」
二人で日向の部屋へと帰って、エアコンをつけたんだ。ピッていう電子音、そのあとゆっくり、急いでる時は少しじれったいスピードでエアコンの前方部分が浮き上がり、数秒後にはその浮き上がってできた隙間から温かい風が流れ始める――はずなんだ。
「……動かない、ね」
はずなんだ、けど。
「……うん」
エアコンはうんともすんとも言わず、その足元で口を開けて見上げる俺たちを見下ろしながら、無言を貫いていた。
つまり、エアコンが壊れてしまった。
まさかのタイミングで、うんともすんとも言わず泣かず動かず。沈黙状態。
リモコンからは信号を送っているんだけれど無視されっぱなし。今朝は使えたのにって日向も首を傾げてた。
「ねぇ、伊都、修理屋さんは早くて年明けだって、もうちょっと年末だから忙しくて今日明日ではちょっと無理って」
「そっかぁ、そしたら、俺が実家から電気ヒーター持って来るよ。ここ賃貸だから石油ストーブダメでしょ? うちもそれだと乾燥して睦月が大会前とかに風邪とか引いたら大変だからって、石油ストーブじゃなくて電気ヒーターだったんだ」
たぶん押入れとかに一つくらいあるんじゃないかな。そしたら、それを明日電話して、俺が電車で運べばいい。大学は今週から冬休みだし、そもそも、俺もクリスマスまでは日向の部屋に泊まることになってて、バイトも入れてないから。超大型室内レジャープールの監視員バイト。夏に行ってたところが、冬の正月期間だけ短期でやらないかって声をかけてくれたんだ。もちろん、二つ返事でお願いした。日向も大晦日と正月は実家に帰ると思うし。初詣デートだけはしたいなぁって思ってる。
そしたら、明日、ヒーターを……実家に連絡はしなくていいかな。あとは、そうだ、夕飯。
「エアコン、とりあえず今晩は寒さどうしようか」
「……」
「今夜、雪かもって言ってたし」
「……帰、る?」
「……」
小さな声でそう尋ねる君は、その質問とは裏腹に帰って欲しくなさそうに俺の脱がないままでいるダウンジャケットの裾を引っ張った。
「……帰る?」
エアコン壊れた、からね。
「帰るよ」
「!」
「ここに来たら、俺は、ただいまって、いっつも言うじゃん」
だから、帰る、で正解だ。俺は日向の部屋に行くんじゃなくて、帰る気分ですから。そう日向に宣言した。なんてちょっとひねくれた答えをしたのは、君の帰って欲しくないっていう顔が見たかったから。
実家に帰るわけないじゃん。すごくすっごく楽しみにしてたんだから。
初めて君と過ごす、本当に二人っきりのクリスマスなんだからさ。
「ね、日向、晩飯は鍋にしようか。鶏があるし、豆腐はないけど、サラダ用のキャベツもあるからさ、カレー鍋とかは?」
「……」
「あとは」
「カレー鍋いいと思う!」
「じゃ、それに決定。湯冷めだけ気をつけてさ、コタツ買っとけばよかったね」
部屋が狭くなるからって買わなかったんだ。泊まりに来た時邪魔になるかもって。それにコタツがあると絶対に寝ちゃうからって、日向が言ってた。日向もコタツで居眠りなんてするんだって思って、少しだけそんな寝顔も見てみたいなぁって思ったけれど。
毛布があるからそれをコタツの代わりにしようって日向がクローゼットからもっこもこの毛布を引っ張り出す。そしたら、それにお湯の入ったペットボトルとか入れておこう。あとは鍋で決定、お酒は熱燗とかわからないから、お茶でいっか。
鍋も部屋をあったかくするために有効だよね?
次から次へ、寒い部屋をどうしのぐのかって話してたら、君が最高に弾んだいいことを思いついたって、ぴょんと跳ねた。
「あ! そしたらお風呂一緒に入れば!」
跳ねて、そんな提案をした、五秒後、きゅっと唇を結んで、まるで赤鼻のトナカイみたいに、鼻先と、それからほっぺたを真っ赤にしていた。
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